中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、国際目標であるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)で誓われている「誰一人取り残さない」社会を実現するためには、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現が不可欠であることを認識し、

1 ディーセント・ワーク実現のための4つの戦略目標である、①仕事の創出、②社会的保護の拡充、③社会対話の推進、④仕事における権利の保障を達成し、よって、ディーセント・ワークの実現を目指すことを宣言するとともに、

2 国及び地方公共団体、並びに、全ての企業及び団体に対し、ディーセント・ワークの実現のため弁護士の積極的な活用を求めるとともに、国及び地方公共団体に対し、ディーセント・ワークの実現のための法制度やガイドラインの整備と、財政的措置をとることを求めることを決議する。

 

2023年(令和5年)10月27日

中国地方弁護士大会

提 案 理 由

 

第1 SDGsとは

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、2015年(平成27年)9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年(令和12年)までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標である。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。

 

第2 ディーセント・ワークとは

SDGsゴール8「働きがいも経済成長も」は、包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)を促進するというものであるところ、この「ディーセント・ワーク」という言葉は、1999年(平成11年)の第87回ILO総会に提出されたファン・ソマビア事務局長の報告で初めて用いられ、その中でILOの活動の主目標と位置づけられた。同事務局長報告は次のように述べている。

「ディーセント・ワークとは、権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事を意味します。それはまた、全ての人が収入を得るのに十分な仕事があることです。

(中略)

世界中の人々は、失業、不完全就業、質の低い非生産的な仕事、危険な仕事と不安定な所得、権利が認められていない仕事、男女不平等、移民労働者の搾取、発言権の欠如、病気・障害・高齢に対する不十分な保護などにみられるような「ディーセント・ワークの欠如」に直面しています。ILOはこれらの課題に対し、解決策を見出すことを目指しています。」

SDGsゴール8「働きがいも経済成長も」の実現は、ゴール1「貧困をなくそう」、ゴール3「すべての人に健康と福祉を」などの実現にもつながるものであり、ゴール5「ジェンダー平等を実現しよう」はこれらのゴールと密接に関連している。

「誰一人取り残さない世界」を目指すSDGsの達成には、ディーセント・ワークの実現が不可欠である。

 

第3 日本における「ディーセント・ワークの欠如」

ディーセント・ワークの実現には企業における積極的な取り組みが不可欠であるところ、SDGsに積極的な企業が増えてきている一方、中小企業を中心に、未だSDGsに取り組んでいない企業が半数以上を占めているというデータがある((株)帝国データバンク「SDGsに関する企業の意識調査(2021年(令和3年)」)。

日本においては、

(1)長時間労働の是正が未だ不十分である(2020年(令和2年)のOECDの国際比較データによると、有償労働と無償労働の総合計時間は男女とも世界一長い。なお、無償労働時間の男女比(女性を1とした場合の男性の倍率)は約5.5倍で世界一格差が大きい。)

(2)男性の育休取得率は、2021年(令和3年)度に過去最高の約14%となったものの、政府目標(2025年(令和7年)までに30%)とは大きな差があり、また、育休期間は5割超が2週間未満にとどまっている(厚生労働省の「令和3年度雇用均等調査」)

(3)男女間の賃金に大きな格差がある(2021年(令和3年)賃金構造基本統計調査によると、女性は男性の約75%)

(4)正規雇用と非正規雇用との賃金に大きな格差がある(2021年(令和3年)賃金構造基本統計調査によると、非正規雇用は正規雇用の約67%)

(5)最低賃金が全国一律でなく、また、低水準にとどまっている

(6)労働局などに寄せられる労働相談のうち、「いじめ・嫌がらせ」の件数が11年連続最多となっている(厚生労働省の「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)

などにみられるような「ディーセント・ワークの欠如」に直面しており、これらの課題の解決が求められる。なお、日本においては、家事、育児、介護といった人間が生きていく上で不可欠な「ケア」を女性が担うことが多いという現状もあり、コロナ禍において、学校等が休みになることにより、ケアを担う女性が働けなくなり、非労働力人口が大幅に増加するという状況も発生している。

 

第4 ディーセント・ワークの実現のために弁護士にできること

1 1999年(平成11年)の第87回ILO総会事務局長報告と2008年(平成20年)の第97回総会で採択された「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」の中で、ディーセント・ワーク実現のための4つの戦略目標が掲げられている。ジェンダー平等は、この4つの目標に横断的に関わっている。

(1)仕事の創出

必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事を作り出すことを支援

(2)社会的保護の拡充 

安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備。社会保障の充実

(3)社会対話の推進

職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いの促進

(4)仕事における権利の保障

不利な立場に置かれて働く人々をなくすため、労働者の権利の保障、尊重

この4つの戦略目標の達成のため、弁護士にできることは多岐にわたるが、本宣言及び決議においては以下の4点を取り上げる。国及び地方公共団体、並びに、全ての企業及び団体には、ディーセント・ワークの実現のため、以下の4点を含め、弁護士の積極的な活用が不可欠である。

 

2 働き方関連法をはじめとする、労働法制の周知徹底のための積極的な取り組み

当連合会が2018年(平成30年)9月14日に開催した中国地方弁護士大会(下関大会)において宣言したように、労働紛争の予防及び解決、並びに、働き方関連法をはじめとする、労働法制の周知徹底のための積極的な取り組みをすることが必要であり、具体的には、

(1)各地の労働協会等の研修を提供している機関における研修

(2)弁護士会における労働者や中小企業等の事業主に対する労働相談の充実

(3)就職を控える高校生、大学生等への労働法教育、商工会議所等経済団体での講義

(4)労働局、労働委員会等の関係機関における研修

などに弁護士が積極的に取り組むことが考えられる。

 

3 「ビジネスと人権」に関する活動

2011年(平成23年)の国連人権理事会の決議において、「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で支持され、企業には、人権方針の策定と人権リスクの特定・予防・軽減、そして救済のための人権デュー・ディリジェンス(企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為)の実施等が求められている。

この点、日本弁護士連合会は、2020年(令和2年)12月2日付け「ビジネスと人権に関する行動計画公表を受けての会長声明」、2022年(令和4年)1月26日「ビジネスと人権に関する行動計画1周年記念シンポジウム〜救済へのアクセスの実現に向けて」など、「ビジネスと人権」に関する活動を行っているところである。

 

4 人権侵害の是正・救済への取り組み

実際に人権侵害が発生した際には、その是正・救済への取り組みが不可欠であるところ、具体的には、公益通報を含む内部通報制度の構築・運用(弁護士が外部窓口となることを含む。)、裁判外紛争解決手続・裁判手続などによる是正・救済、再発防止に向けた取り組みなどが考えられる。

なお、当連合会が2018年(平成30年)9月14日に開催した中国地方弁護士大会(下関大会)においては、裁判所支部での労働審判手続の実施拡大を求める宣言をしており、国に対して、労働審判制度について、現在手続が行われていない地方裁判所支部においても、労働審判を実施できるよう、必要な裁判所支部の人的物的整備及びそれに要する予算措置を早急に実施することを求めている。

 

5 企業との継続的な接点の構築及び積極提案型の顧問契約への転換による規範形成(ルールメイキング)への関与

ディーセント・ワークの実現のためには、企業の意識改革と積極的な取り組み、新たな規範形成(ルールメイキング)が不可欠であるところ、そのような取り組みに弁護士がかかわるには、顧問契約を締結するなどして、企業との継続的な接点を構築することが必要となる。

この点、日本弁護士連合会の「中小企業の弁護士ニーズ全国調査報告書」(2017年(平成29年)8月報告)によると、中小企業は、62%が相談できる弁護士がいないと回答しているなど、そもそも弁護士と企業とは、顧問契約などの継続的な接点を有していないことが多いことから、そもそも顧問契約などを積極的に進めることが必要である。

また、ディーセント・ワークの欠如には企業自身もそのリスクに気付いていない、あるいは、気付いていてもその解決方法を知らない場合があるため、弁護士は、企業に聞かれたことに回答するだけでなく、企業が気付いていない部分についても積極的に関与し、提案していくことが必要である。

すなわち、ディーセント・ワークの実現のためには、各弁護士が、企業との顧問契約などを積極的に進めるとともに、受け身の顧問契約から積極提案型の顧問契約へ転換し、規範形成(ルールメイキング)に貢献していくことが考えられる。

 

第5 法制度やガイドラインの整備と財政的措置

ディーセント・ワークの実現のためには、家事、育児、介護といった人間が生きていく上で不可欠な「ケア」を社会が保障する必要があることを踏まえ、現行の法制度やガイドラインについて、少なくとも以下の点について、今後も議論・検討していくことが必要である(もちろん、これら以外にも課題は多岐にわたる。)。

また、国及び地方公共団体には、企業及び団体におけるディーセント・ワークの実現に向けた各種取り組みについての補助金・助成金(支援専門家たる弁護士に対する支払報酬の全部又は一部補填を含む。)などの財政的措置をとることを求める。

(1)時間外労働の上限規制

日本は、1日8時間週40時間の原則に関する条約(第1号条約、第30号条約、第47号条約)を批准していない。労働法制においては、時間外労働について、月45時間、年360時間の上限規制があるものの、特別条項(月100時間未満、年720時間以内)により有名無実化する可能性があり注意が必要である。

(2)日本版同一労働同一賃金制度

多くの企業で企業拘束度の高い働き方で処遇が高く、企業拘束度の低い働き方で処遇が低いように設計されているところ、そのように雇用形態の違いによって区別することが妥当であるのか、社会全体で議論していくことが必要である。

(3)男性育休を含む育児休業制度

近時の法改正により産後パパ育休(出生時育児休業)制度が新たに加わり、今後の利用率の向上が期待されるが、実際に利用率の向上が実現できるかはこれからの課題である。企業への財政的措置については、さらに拡充方向で検討されることが必要である。

(4)ハラスメント対策に関する制度

近時の法改正によりハラスメント予防・解決に向けて制度は整ってきたものの、罰則がないため実効性が乏しいのではないかという懸念がある。実効性を担保するため、随時制度改正を検討していくことが必要である。

     

以上の理由から、本宣言及び決議を提案するものである。

 

以上