中弁連の意見

障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)第19条は、「自立した生活及び地域社会への包容」として、その柱書で、「この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって、地域社会で生活する平等の権利を有することを認める」と規定し、同条(a)では、「障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと」を謳っている。

しかしながら、とりわけ、知的障害のある方の「居住地の選択」という問題になると、私たち弁護士をはじめ、相談支援の支援員、行政のケースワーカー、施設や居宅介護などの支援機関の支援員なども、誰もが当たり前に身近な地域で暮らし続ける「自立生活」という選択肢を、知的障害のある方やその家族に対して「提案しない」、「提案できない」のが現状である。だが、知的障害のある方も、たとえ重い知的障害のある方であっても、その方を支える支援体制が十分に整っていれば、住み慣れた地域で、他の人と同等の当たり前の生活を送ることができるのであり、そのことが可能となるような「地域共生社会」の実現が求められている。

そこで、中国地方弁護士会連合会は、知的障害のある方に対して、どこで誰と生活するかの選択の機会を保障し、重い知的障害のある方も誰も取り残さない地域共生社会の実現を目指すため、私たち弁護士が、

1 知的障害のある方が、家族による支援が難しくなった際には、他に選択の余地がないまま、施設やグループホームへ入所するしかないという状況を改善するため、福祉関係者や行政関係者らとも協力しつつ、知的障害のある方に対して、住み慣れた地域で、自立した生活を送るという選択肢を提案できるような制度の整備や地域づくりに努めるとともに、かつ、具体的に、知的障害のある方に対して、住み慣れた地域で、他の人と同等の当たり前の生活を送るという選択肢を提案することで、本人の意思を尊重しつつ、選択の機会を保障し、

2 知的障害のある方の支援者が家族や施設関係者などの狭く限定された者だけになると、地域社会との関わりが希薄になり、知的障害のある方の生きる力も減退してしまうのであって、広範で多種多様な人々との豊かな関係が築かれてこそ、人としての尊厳が守られるとの考えに基づき、福祉関係者や行政関係者などとも連携し、知的障害のある方に対して多くの支援者や多種多様な人々が関わることが可能となるような地域ネットワークづくりに取り組み、

3 障害者福祉に関わる人たちや行政機関並びに一般市民に対して、知的障害のある方が、たとえ重い知的障害がある方であっても、公的制度の活用等により、その方を支える支援体制が十分に整えられるのであれば、当たり前に地域の中で自立した生活を送ることが可能であること、そして、知的障害のある方の地域での自立した生活を可能にするために、地域での自立生活をコーディネートできる専門職や重度訪問介護等の専門的なヘルパーを育て、地域での自立生活を支える社会資源を増やしていくことが重要であることを周知する努力を継続することを、 

ここに宣言する。

 

2022年(令和4年)10月7日

中国地方弁護士大会

提案理由

 

第1 はじめに-知的障害のある方がおかれている現状-

1 知的障害のある方の入所施設内での生活状況

 2022年(令和4年)版『障害者白書』によれば、知的障害児・者における施設入所者の割合は12.1%となっており、約132,000名の知的障害児・者が施設入所している。この点、身体障害における施設入所者の割合が1.7%、精神障害における入院患者の割合が7.2%であることに比べると、特に知的障害のある方の施設入所の割合が高くなっていることが分かる。

 また、2020年(令和2年)に公益財団法人日本知的障害者福祉協会調査・研究委員会が作成した『令和元年度全国知的障害児・者施設事業実態調査報告』(以下「実態調査報告」という。)によれば、知的障害を中心とする障害者支援施設の現状として、施設の定員数が『30人以上99人以下』の施設が約90%と、そのほとんどを占めている。

 すなわち、入所施設で生活している知的障害のある方のほとんどが、大人数での集団生活を余儀なくされているといえ、知的障害のある方が施設での生活を送ろうとすれば、集団での生活を送ることが可能でなければ難しいのが現状である。換言すれば、入所施設で生活している知的障害のある方のほとんどが、集団での生活に我慢することを求められているのである。

 ここには、本来、知的障害のある方に対して求められる、そして知的障害のある方が権利として求めることができる「合理的配慮」の視点はなく、逆に、障害者支援施設あるいは社会の側が、知的障害のある方に対し、集団での生活を求め、それを強いることで、「負担」を知的障害のある方に押し付けているといえる。そして、施設あるいは社会の側は、知的障害のある方をひとまとめにして集団で管理することで、職員不足等を補い、コストダウンを図っているのであって、知的障害のある方ばかりがそのしわ寄せを受けているのである。

 このような知的障害のある方が強いられてきた「負担」、すなわち集団での生活は、1960年代ころから障害者福祉政策の一環として推進されてきたコロニー(大規模社会福祉施設)の建設に端を発しており、以降、知的障害のある方が社会から隔絶された大規模入所施設での集団生活を強いられる状態が永らく続いてきた。

 実態調査報告では、入所施設で10年以上生活している知的障害のある方は、少なくとも47,685名(調査回答者の72%)で、20年以上生活している方は、少なくとも29,897名(調査回答者の45%)となっており、この数字からは、知的障害のある方が一度入所施設での生活を始めると、そこから出られることはほとんどなく、入所施設での生活が永続化しているという現状を見て取ることができる。

 このように知的障害のある方の入所施設での生活が長期化・永続化しており、「地域移行」ができないという現状は、決して、「入所施設利用者の高齢化」や「入所施設利用者の重度化」によるものではなく、「地域移行」の支援に関わる人員の不足や、地域での住まいが不足している等の制度や設備の不足が大きな要因といえるが、加えて、「知的障害のある方がひとりで地域で生活することは無理ではないか」という家族をはじめとする周囲の人々や施設の職員、支援者らの側の思い込み、「地域移行」に関する知識不足も要因のひとつとなっているものと考えられる。

2 虐待が発生しやすい状況

 厚生労働省は、毎年、『「障害者虐待の防止、障害者の養護者の支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果報告書』を作成しており、同報告書には、「障害者施設従事者等による障害者虐待」に関する統計等の報告の記載がある。「『「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果報告書』における5年間の障害者虐待の現状-知的障害のある人への虐待の集中-」(勝井陽子〔山口県立大学〕2022。以下「報告書纏め」という。)は、この「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」に関する報告について、2015年(平成27年)度から2019年(令和元年)度までの5年分を纏めたものであるが、これによると、知的障害のある方の「入所施設」における死亡事例が、2018年(平成30年)度に2人、2019年(令和元年)度に2人、報告されており、断続的に死亡事件が発生していることが分かる。

 また、報告書纏めによれば、5年間を通じた被虐待者(障害者福祉施設従事者等からの被虐待者)の総数が3,418名に上るところ、その75.1%を知的障害のある方が占めており(被虐待者数でいえば2,567名)、身体障害者の19.6%、精神障害者の12.6%を大きく上回っている。このように、他の障害類型と比較しても、知的障害のある方が施設従事者等から虐待を受けるリスクは高くなっている。

 なお、直近の2020年(令和2年)度の統計では、死亡事例が1人報告されており、施設従事者等から虐待を受けた者の71.6%が知的障害のある方となっている。

 このような数字は、知的障害のある方が、本来であれば、安心・安全であるべき施設の中において、反対に、死亡事件が起こったり、施設従事者等からの虐待を受けたりというリスクにさらされていることを示すものであり、「施設」という何らかの形で管理された環境の中にいる知的障害のある方にとっては、逃げ場のない危機的な状況である。

 そして、報告書纏めによれば、5年間における被虐待者総数3,418名のうち、30.1%である1,028名が行動障害のある方で、60.6%を障害支援区分3~6の方が占めている。このように、行動障害のある方や障害支援区分の高い方が虐待を多く受けており、行動障害のある方や重度の知的障害のある方に対してこそ特に手厚い支援、細やかな個別支援が必要であるにもかかわらず、むしろ、虐待のリスクが高まっているものといえる。

 虐待の発生場所についていえば、5年間における総虐待発生件数のうち最も発生件数の多かったのが、知的障害のある方の入所施設である障害者支援施設であり、599件(25.5%)となっている。日々寝起きする「居住の場」での虐待の発生率が高いということは、やはり、知的障害のある方にとって、逃げ場のない危機的な状況といえる。

 

第2 障害者権利条約第19条が求めるもの

1 障害者権利条約第19条と地域共生社会の実現

 2006年(平成18年)12月13日に国連総会で採択され、2014年(平成26年)1月20日に我が国も批准した障害者権利条約の第19条は、「この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認める」と規定し、障害のある方も無い方も、誰もが「地域社会」で生活する権利があることを謳っている。

 かかる障害者権利条約第19条の理念からすれば、たとえ重い知的障害のある方であっても、地域社会から取り残されることなく、障害のある無しにかかわらず、誰もが地域社会での生活を保障されるべきであることは論を俟たない。そして、全ての住民が、住み慣れた地域において、障害のある無しにかかわらず、尊厳のある本人らしい生活を継続することができるよう、社会全体で支え合いながら、誰も取り残さない「地域社会」を創ることが必要である。

 この点、厚生労働省が策定し、2022年(令和4年)度から始まる第二期成年後見制度利用促進基本計画では、基本的な考え方として、「地域共生社会の実現に向けた権利擁護支援の推進」を掲げ、「地域共生社会は、制度・分野の枠や『支える側』と『支えられる側』という従来の関係を超えて、住み慣れた地域において、人と人、人と社会がつながり、すべての住民が、障害の有無にかかわらず尊厳のある本人らしい生活を継続することができるよう、社会全体で支え合いながら、ともに地域を創っていくことを目指すもの」としている。

 このように、「地域共生社会」とは、すべての住民が、障害の有無にかかわらず尊厳のある本人らしい生活を継続することができるよう、社会全体で支え合いながら、ともに地域を創っていく社会であり、人と人、人と社会がつながり、誰も取り残さないインクルーシブな(包摂的な)社会といえる。

 ところが、知的障害のある方、特に重い知的障害のある方は、地域から取り残されてはいないだろうか。

 以下で述べるように、知的障害のある方も、たとえ重い知的障害のある方であっても、その方を支える支援体制が十分に整っていれば、住み慣れた地域で、他の人と同等の当たり前の生活を送ることが可能なのであって、そのことが可能となるような、誰も取り残さないインクルーシブな社会を創ること、すなわち、「地域共生社会」の実現が求められているのである。

2 どこで誰と生活するかを選択する機会の保障

 障害者権利条約第19条は、全ての障害のある方の「自立した生活及び地域社会への包容(インクルージョン)」を定める条項であるところ、個別的な内容としては、

(a) 障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと

(b) 地域社会における生活及び地域社会への包容(インクルージョン)を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有すること

(c) 一般住民向けの地域社会サービス及び施設が、障害者にとって他の者との平等を基礎として利用可能であり、かつ、障害者のニーズに対応していること

を確保する措置をとることを含め、障害者が、同条柱書が規定する権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容(インクルージョン)され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとることを求めている。

 かかる障害者権利条約第19条の理念からすれば、知的障害のある方に対しても、どこで誰と生活するかを選択する機会を保障しなければならないことは言うまでもなく、知的障害のある方に対して「特定の生活施設」での生活を強いることは許されない。施設入所以外の選択肢を与えられず、長期間の永続した入所生活を余儀なくされている知的障害のある方が、どこで誰と生活するかの選択の機会を与えられることなく、その意に反して、「特定の生活施設」で生活する義務を負わされていることは、障害者権利条約第19条の理念に反するものである。

 そして、自分が暮らしたい地域で暮らし、住みなれた地域で一生を終える権利、障害のある無しにかかわらず、地域社会において、人とのつながりの中で自分らしい生き方を求める権利、このような「地域で暮らす権利」は、日本国憲法第13条(幸福追求権)、第14条(法の下の平等)、第22条(居住・移転の自由)、第25条(生存権)の要請する基本的な人権である(このような「地域で暮らす権利」が基本的な人権であることは、2005年(平成17年)11月11日に鳥取市で開催された日本弁護士連合会主催の人権擁護大会で決議された「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」で謳われているところである。)。したがって、知的障害のある方が、どこで誰と暮らすかの選択の機会を与えられることなく、地域で暮らすことを制限されるとすれば、それは、これら憲法の理念にも反するものである。

 

第3 障害のある方の地域移行・地域生活を支える現行の制度等

1 障害者福祉に対する国の施策

 2006年(平成18年)に障害者自立支援法が施行されたところ、2013年(平成25年)に同法を抜本的に改正し、法律の名称も変更して、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(以下「障害者総合支援法」という。)が施行された。

 この障害者総合支援法は、「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、全ての障害者及び障害児が可能な限りその身近な場所において必要な日常生活又は社会生活を営むための支援を受けられることにより社会参加の機会が確保されること及びどこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと」を基本理念としている(同法第1条の2)。このように、国も、「地域共生社会」の実現、障害のある方の地域へのインクルージョンが、障害者福祉の中心に据えられるべきであることを認識しているところである(このことは、障害者「自立支援法」から「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」へと名称を変更した点にも顕れているといえる。)。

 そして、かかる基本理念に基づく施策として、種々の福祉サービスが用意され、障害のある方の在宅生活・地域生活を支援するサービスとしては、在宅生活そのものを支える「居宅介護」、「重度訪問介護」、「重度障害者等包括支援」などがあるほか、地域生活への移行に向けた相談支援として、「地域移行支援」、「地域定着支援」、「自立生活援助」などがある。

 なお、「自立生活援助」は、「共生社会の実現に向け、障害者が、自らの決定に基づき社会のあらゆる活動に参加し、その能力を最大限発揮して自己実現できるよう支援すること」を基本理念とする『第4次障害者基本計画』の一環として、2018年(平成30年)施行の障害者総合支援法改正法において導入された制度である。この制度は、障害者支援施設やグループホーム等から一人暮らしへの移行を希望する障害のある方などについて、本人の意思を尊重した地域生活を支援するため、一定の期間にわたり、本人の理解力や生活力等を補う観点から、適時のタイミングで適切な支援を行うサービスとして創設されたものである。

 このように、現在、国においても、「障害のある方にもどこで誰と生活するかの選択の機会を保障する」という基本理念の実現のため、漸次的に取組みが進められているところである。

2 地域移行に向けたサービスの利用状況

 上述のとおり、障害のある方に対する地域生活への移行に向けた相談支援としては、①障害者支援施設や病院等に入所又は入院している障害者等を対象に、住居の確保その他の地域生活へ移行するための支援を行う「地域移行支援」、②居宅において単身で生活している障害者等を対象に、常時の連絡体制を確保し、緊急時には必要な支援を行う「地域定着支援」、③グループホームや障害者支援施設、病院等から退所・退院した障害者等を対象に、定期及び随時訪問、随時対応その他自立した日常生活の実現に必要な支援を行う「自立生活援助」が用意されている。

 しかしながら、これら施策は、必ずしも利用が進んでいるわけではない。

 この点、厚生労働省の統計資料によれば、地域移行支援、地域定着支援及び自立生活援助の利用実績は、「障害福祉計画」における利用者数及び量の見込みを大幅に下回っており、令和3年2月時点で、地域移行支援は約14%、地域定着支援は約54%、自立生活援助は約13%にとどまっている。

 このような現状の原因を考えるに当たっては、各制度固有の問題がないか否かも検討する必要があるが、それとは別に、後記のような社会的排除の構造があるものと考えられる。

 

第4 「排除」(エクスクルージョン)が行われるのは何故か

1 津久井やまゆり園事件

 知的障害のある方が集団で管理され、大人数で生活することを余儀なくされている、そんな大規模入所施設のひとつであった相模原市の津久井やまゆり園で、2016年(平成28年)7月、入所者と職員ら45名が殺傷されるという凄惨な事件が起きた。この事件が起きた背景等に関しては、本宣言案の目的や趣旨からは些か外れることから、この場で深く考察することはできない。ここでは、この事件を契機に、長年にわたって施設での生活を送っていた知的障害のある方の幾人かが、地域で生活することを決断されたことに注目したい。

 2019年(令和元年)6月に、事件のとき津久井やまゆり園に暮らしていた一人の女性が地域での生活を選択したというニュースが放映されている。『津久井やまゆり園から地域へ ある女性の挑戦』という題で放映されたそのニュースによると、重い知的障害があるとされる彼女が、足の怪我をきっかけに長年車いすに拘束されており、事件前の園の支援記録には、「突発的な行動もあり“見守りが難しい”」と記録されていた。そして、幼い頃は活発だったと母親が話す彼女は、ほぼ毎日、車椅子に拘束されるようになり、長い時には拘束が13時間を超える日もあった。その結果、彼女は段々と意思を示さなくなったという。ニュース映像では、園に入所していた当時の車椅子に拘束された表情のない彼女の写真が映し出されていた。

 次に、同ニュースは、事件後、彼女が小さなグループホームで、5人の仲間と職員らのサポートを受けて暮らしている様子を伝えていた。映像の中で、彼女は、自分の足で元気に歩き、グループホームの中で自由に過ごし、笑顔など豊かな表情を見せていた。生き生きと暮らす彼女の姿は、園に入所していた当時の表情なくうつむく写真の様子とは全く異なるものであり、その変わり様は大きな衝撃であった。

 このニュース映像に出てくる「ある女性」の姿は、長年施設での生活を送っていた知的障害のある方が地域で生活するという選択を行い、その結果、地域では生活することが難しいと思われていた重い知的障害のある方であっても、その方が本当に必要としている適切な支援を受けることができれば、地域での生活が可能なのだということを示した好例といえる。

 また、この女性の姿からは、知的障害のある方が、隣近所の方なども含めて地域で様々な人たちと関わりながら、「自立」した生活を送ることで、その方が本来持っている「生きる力」を回復するということも学ぶことができる。ここで大切な点は、知的障害のある方に対する支援者が家族や施設関係者などの狭く限定された支援者だけになってしまうと、地域社会との関わりも希薄になり、知的障害のある方の「生きる力」も減退してしまうということである。広範で多種多様な人々との豊かな関係(近所の人からの声かけなどの緩やかな関係や介護者との緊密な関係などバリエーション豊かな関係)が築かれてこそ、知的障害のある方が、その方の本来持っている力を取り戻すことができ、人としての尊厳が守られるのである。

2 社会的排除(ソーシャル・エクスクルージョン)の構造

 家族による支援が高齢などを理由に限界を迎えたとき、大規模入所施設しか行き場がない重い知的障害のある方は、社会から疎外され、排除されているといえる。我が国の成年後見制度は、現有能力の活用を理念としているものの、実際のところは、多くの高齢者や障害のある方が、社会から、まるで「生産性がない者」であるかのように判断されて、施設や病院にひとまとめにして入れられ、「社会」との間に線を引かれて生活することを余儀なくされている。すなわち、社会的に「排除(エクスクルージョン)」されているのである。

 知的障害のある方に関していえば、小学校、中学校、高等学校と進学するにつれて、特別支援教育が行われていることもあって、周りから不自然にけれど確実に姿を消していき、いつしか「いないこと」のようにされてしまって、社会から「排除」されていく。その一方で、知的障害のある方の入所施設には、数多くの知的障害のある方が集められて、集団生活を送らされている。

 このように、知的障害のある方は、自らを健常者と呼ぶ多数派の人々の目から隠され、ひとところに集められて、社会から「排除」されているといえる。では、このような排除が行われるのは何故か。

 ひとつには、その方が都合のいい人たちがいるから、という理由が考えられる。果たして、認知症高齢者の入所施設や病院、知的障害のある方の入所施設などを必要としている人は誰なのか。入所、入院している本人たちなのか。確かに、本人が必要としている場合はあるかもしれない。しかし、社会的排除(ソーシャル・エクスクルージョン)の原因には、認知症高齢者や障害のある方を閉じ込めておきたいと考える人の存在があることも否定できないのではないか。この点、知的障害のある方に関して、上記第1の1の最後では、入所施設での生活が長期化・永続化している要因について、「地域移行」の支援に関わる人員の不足や、地域での住まいが不足している等の制度や設備の不足が大きいことを指摘している。このような「人員不足」や「制度や設備の不足」が知的障害のある方の「地域移行」を阻んでいる大きな障壁となっていることは間違いない。ただ、これらの問題を改善しようという社会の動きは必ずしも活発とはいえず、現状を問題と思わない、現状をできれば維持しようとする社会の側の風潮(無関心も含む。)と相俟って、「人員不足」や「制度や設備の不足」の解決を更に難しいものとしていると考えられる。

 もうひとつ、社会的排除の背景にあるものとして、これら入所、入院している本人たちは、「何もできない」という周囲の人の思い込み、偏見があるのではないか、という理由が考えられる。ある人が、「この人は何を言っても理解しないし、何を言っても無駄だ」というような考えを持っていれば、その本人に対する接し方も、ひとりの「人」に対する接し方ではなく、必定、適当でぞんざいな接し方になるであろうし、そのような接し方をされる本人たちも、絶えずそのような扱いを受けていれば、その方が本来持っている力を奪われてしまうのは当然のことといえる。

 他方で、パラダイムの転換を図って、「この人には自分の意思があるし、やり方を工夫して、しっかり説明をすれば、その人なりに理解することができるし、支援を受ければ、意思決定をして、自分の意思を表明することもできるのだ」というような考えを周囲の人が持つようになれば、自ずと、その本人に対する接し方も変わってくるし、そのように接せられた本人の反応もまた変わってくるのである。

 であるとすれば、社会的排除の構造から脱却するためには、まず、重い知的障害がある方であっても、決して地域社会の中で生活することが「できない」のではなくて、そこに何らかの社会的な障壁があるだけであって、障壁がなければ「できる」のだと考えること、そのようなパラダイムの転換を推し進めることこそが必要だといえる。

 そして、「できる」という前提に立って、知的障害のある方の地域移行を阻む障壁を取り除く支援(合理的配慮、個別支援、意思決定支援、各種福祉サービスの活用など)を行えば、たとえ重い知的障害のある方であってもともに地域で生活することが可能となるはずである。

 さらに、社会的排除の構造から脱却して、「できる」という前提に立って知的障害のある方の支援を行えば、知的障害のある方の意思を最大限に尊重して、どこで誰と生活するかの選択の機会を保障するということに繋がり、ひいては、重い知的障害のある方も誰も取り残さない「地域共生社会」の実現に繋がるというべきである。

 

第5 弁護士に求められる役割

1 現状の再確認(振り返り)

 知的障害のある方に対して提案される生活場所は、多くの場合が、家族との同居、グループホーム、入所施設に限られている。しかしながら、たとえ重い知的障害のある方であっても、重度訪問介護を含む障害福祉サービスなどを活用することで、地域社会の中で自立した生活を行うことが可能であり、実際、地域における「自立生活」を選択する知的障害のある方が徐々に増えてきている。

 こうした状況の中、私たち弁護士や障害者福祉に関わる人たちが、知的障害のある方に対して最初に提案する選択肢として、地域での「自立生活」を意識的に提示していく必要性が強く存しているといえる。障害者権利条約第19条の理念である、「特定の生活施設」での生活を強いられることなく、他の人と同等の当たり前の生活を送るという観点からは、地域での「自立生活」が最初に検討されるべきであって、知的障害のある方の家族による支援が高齢などを理由に限界になった際に提案される選択肢が、グループホームか施設入所しかないという状況は改められなければならない。

 ここで、「自立生活」とは、決して、何らの支援も受けずに一人だけで生活をする、という意味ではないことに注意が必要である。「自立生活」を送るとは、その方の個別ニーズに応じて、必要な支援を必要な時に必要な分だけ受けながら、他の人と同等のあたり前の生活を地域社会の中で営む、という意味である。したがって、地域で「自立生活」を送る知的障害のある方の中には、24時間での介護体制が必要な方もいる。

 なお、地域での「自立生活」を検討するにあたっては、必ずしもグループホームの存在を否定するものではない。「地域移行」の可能性を検討する中で、地域での自立生活(アパートなどでの一人暮らし)、グループホームなどと複数の選択肢が与えられ、本人に選択の機会を保障するとともに、本人が主体として意思決定を行った上での選択を可能にすることこそが重要である。もっとも、現行の入所施設はもちろん、グループホームも、そのほとんどが、障害のある方だけが利用者として共同生活を送っていることから、障害のない人たちとは大きく異なる生活様式となりがちであり、また、地域社会から分離され、隔絶されている状況にある場合も多い。したがって、地域での「自立生活」を検討するにあたっては、そこがグループホームかどうかということではなく、「特定の生活施設」(障害者権利条約第19条)で生活する義務を負わせることになるかどうかの観点から検討すべきである。

 そして、「地域移行」の可能性を検討するに際しては、上述のとおり、複数の選択肢があり、本人に選択の機会を保障するとともに、本人が主体として選択をすることが重要である。加えて、上記第3の「ある女性」の例で紹介したように、知的障害のある方が地域で多種多様な人たちと関わり合うことで、その人が本来持っている「生きる力」を回復し、生き生きとした表情に変わっていくという点に着目し、「フォーマル、インフォーマルを問わず、どれだけ多くの人が本人に関わることができるか」という視点も大切である。

 すなわち、これまで、知的障害のある方に対しては、ほとんどの場合、公的な(フォーマルな)支援が本人を取り囲んでおり、外部との関わりは、これら公的な(フォーマルな)支援者か家族の者に限定され、限られた関係性の中で外部との関わりが閉ざされてしまっていたといえる。それゆえ、それ以外の人たちとの関係性(障害のない人たちが当たり前に築いている友人関係や近所付合いなどの多種多様なインフォーマルな関係性)が奪われており、そのことで、知的障害のある方が本来持っている「生きる力」も徐々に減退させられているのではないかと考えられる。知的障害のある方が、他の人と同等の当たり前の「自立生活」を地域で送るためには、家族や親戚の人々、友人や知人、民生委員や近所の方などの地域住民の人々、新聞や宅配便の配達員などの民間事業者の方、ボランティアの人々なども含めたインフォーマルな(公的な支援以外の)関係も大切であり、フォーマルかインフォーマルかを問わず、本人を取り巻く関係が豊かであることが、知的障害のある方が地域での「自立生活」を送る上で重要な要素になるといえる。そこで、「どれだけ多くの人が本人に関わることができるか」という視点も含めて、知的障害のある方の地域移行、地域での「自立生活」について検討することが大切である。この点は、入所施設での生活を選択した知的障害のある方に対しても同様に当てはまる、重要な視点である。

2 弁護士としてのアプローチ

 上記第2でも紹介したとおり、第二期成年後見制度利用促進基本計画は、基本的な考え方として、「地域共生社会の実現に向けた権利擁護支援の推進」を掲げ、「地域共生社会は、制度・分野の枠や『支える側』と『支えられる側』という従来の関係を超えて、住み慣れた地域において、人と人、人と社会がつながり、すべての住民が、障害の有無にかかわらず尊厳のある本人らしい生活を継続することができるよう、社会全体で支え合いながら、ともに地域を創っていくことを目指すもの」としている。

 私たち弁護士としては、ここで述べられている「地域共生社会」、すなわち、「障害のある無しにかかわらず、誰もが尊厳のある本人らしい生活を継続することができるよう、社会全体で支え合いながら、ともに地域を創っていく社会」の実現を目指し、福祉関係者や行政職員らとも連携・協働していくことが必要である。

 そして、私たち弁護士がなすべきことは、まずは、私たち自身も地域の「社会資源」(人々が社会生活を営むうえで、必要に応じて活用できるさまざまな法制度やサービス、施設や機関、人材、知識や技術などの総称)であるという、その役割を自覚することである。その上で、知的障害のある方に対して多くの支援者や多種多様な人々が関わることが可能となるような地域のネットワークづくりに取り組むこと、並びに、福祉関係者や行政職員らとの連携を強化して、「地域共生社会」の実現に取り組むことである。

 具体的に取り組むべき課題は、次のとおりである。

 基本的人権を擁護することを使命とする弁護士としては(弁護士法第1条第1項)、障害のある無しにかかわらず、個人として尊重し、多様性を認め合うことを第一に、知的障害のある方の意思決定支援を進めていくことが求められている。そこで、私たち弁護士には、まず、「居住地を選択し、及びどこで誰と生活するか」(障害者権利条約第19条)に関して、知的障害のある方の意思を尊重することが求められているところ、その前提として、知的障害のある方に対して、どこで誰と生活するかの選択の機会を保障しなければならない。そして、その選択の機会を保障するためには、私たち弁護士も、知的障害のある方に対して、具体的に、住み慣れた地域で他の人と同等の当たり前の生活を送るという選択肢について提案できることが必要であり、「自立生活」、「地域移行」という選択肢を含め、提案できる選択肢を増やせるような制度の整備に努めなければならない。ここで「制度の整備」とは、知的障害のある方の「地域移行」の支援に関わる人員の確保や地域での住まいの確保なども含めた、「地域移行」を進めるために必要なあらゆるインフラの整備を意味する。

 よって、私たち弁護士は、福祉関係者や行政関係者らなどとも連携・協働して、知的障害のある方が地域で当たり前に生活できるようにするため、あるいは、知的障害のある方の「地域移行」を進めるために、必要な制度の整備等や地域づくりに努めるべきである(宣言の1)。

 また、知的障害のある方の支援者が家族や施設関係者などの狭く限定された支援者だけになると、地域社会との関わりが希薄になり、知的障害のある方の「生きる力」も減退してしまうと考えられ、広範で多種多様な人々との豊かな関係が築かれてこそ、人としての尊厳が守られるとの考えの下、私たち弁護士も、福祉関係者や行政職員らなどとも連携して、知的障害のある方に対して多くの支援者や多種多様な人々が関わることが可能となるような地域連携のネットワークづくりに取り組むべきである(宣言の2)。

 具体的には、地域の中核機関が設置する連絡協議会等のメンバーとして積極的に地域連携に関与する、基幹相談支援センター等に弁護士が赴いて職員等の相談を受けたりするなどの活動を継続することで「顔の見える」関係を構築する、法定後見に限らず財産管理契約や見守り契約などで知的障害のある方の支援の輪に家族や他の支援者らと一緒に加わり継続的(シームレス)で身近な法的支援を提供するとともに福祉と司法の連携を強化した権利擁護支援チームを形成する、などの取組みが考えられる。

 加えて、知的障害のある方の「地域移行」を進めていくにあたっては、知的障害のある方が直面している「障壁」を取り除くための支援や制度等が必要であることから、地域での自立生活をコーディネートできる専門職や重度訪問介護等の専門的なヘルパーを育て、地域での自立生活を支える社会資源を増やしていくことが重要であるということを訴えることもまた、私たち弁護士の責務である(宣言の3)。

 最後に、私たち弁護士が「地域共生社会」の実現を目指す取り組みを進めていくにあたって一番大切なことは、知的障害のある方が、たとえ重い知的障害がある方であっても、決して地域社会の中で生活することが「できない」のではなくて、そこに何らかの社会的な障壁があるだけであり、障壁がなければ、「できる」のだと考えること、そのようなパラダイムの転換を推し進めていくことである。そこで、私たち弁護士が、知的障害のある方を支援している福祉関係者や行政職員らともかかる認識を共有しつつ、かつ、障害者福祉に関わる全ての人たちや行政機関並びに一般市民に対しても広く周知する努力を継続することが重要である(宣言の3)。

 

 以上の理由から、本宣言を提案するものである。

 

以上