中弁連の意見
近年、刑務所の高齢化率は著しく、累犯に及ぶ受刑者も多く収容されている。また、知的障がいや精神障がいを有しているにもかかわらず、適切な処遇が受けられないまま刑務所と社会の行き来を繰り返している「累犯障害者」も多く見られる。禁止薬物の使用を繰り返し、何度も刑務所に収容される者も多い。
いうまでもなく、罪を犯した者であっても、受刑した後、あるいは刑の執行を猶予されるなどして刑事手続が終了した後は、社会内において人間らしく生きていく権利がある。しかし、「反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない」といわれるように、いくら本人が反省し、新たな決意をしたところで、生活をしていく上での環境が整わなければ、再度犯罪行為を繰り返すことになりかねない。特に、知的障がいや精神障がいを有している者、薬物依存のある者、高齢者、身寄りのない者については、自分の力のみで更生を図ることは極めて困難である。
また、高齢あるいは知的障がい・精神障がいを有すると疑われる被疑者・被告人については、医療的・福祉的知見を刑事手続内にも取り入れることの重要性が指摘されているところである。
そこで、中国地方弁護士会連合会は、
- 国に対し、
(1) 保護観察官、保護司等更生保護に関わる公務員について福祉の分野を含めて専門的な教育を受けた者を大幅に増員するとともに、地域生活定着支援センター、更生保護施設の職員についても福祉分野等に知見を有する専門職を増員させる施策を講じ、「司法・矯正」と「福祉」の架け橋の役割を果たすことが可能な体制を整備すること
(2)矯正施設を出所し、あるいは刑事手続が終了して社会復帰する者、とりわけ高齢者、障がい者、薬物依存者等更生にあたって特に支援が必要な者であっても、帰住先のない希望者全員が、更生保護施設、自立準備ホーム等により衣食住を確保し、専門的かつ十分な支援を受けることができるような体制を整備すること及び本人の権利擁護のために必要に応じて弁護士の援助を求めることができるような制度を創設すること
(3)充実した支援に必要十分な予算を確保し、支援を必要とする者の特性に応じたより柔軟な費用支出を認めること
- 法務大臣、厚生労働大臣に対し、刑事手続内において、高齢あるいは知的障がい・精神障がいを有すると疑われる被疑者・被告人について、医療的・福祉的見地から、処遇の必要性、相当性を提言できるような専門家組織を全国において立ち上げること
- 検察庁、裁判所に対し、前記の専門家組織による調査の協力にあたって、十分な調査が可能となるよう、必要に応じて接見の機会の確保や情報の提供などに配慮した運用をすること
- を求めるとともに、刑事司法の一端を担う弁護士として、弁護人として関与する被疑者・被告人段階における、いわゆる「入口支援」はもちろんのこと、刑事手続を終えた者や矯正施設等からの出所者の権利擁護活動、いわゆる「出口支援」についても積極的に取り組むこと及び総合法律支援法改正等これらの取り組みのために必要な体制の整備を求める運動を展開すること
により、罪を犯した人たちの立ち直りを支える社会を目指すことを宣言する。
2014年(平成26年)10月10日
中国地方弁護士大会
提案理由
第1 「反省は一人でできるが、更生は一人ではできない」
1 刑務所と社会を往復する人たち
犯罪を繰り返し、刑務所と社会の往復を繰り返す、累犯受刑者が増加している。2012年(平成24年)度において、全受刑者中、2度以上刑務所に収容された者の割合は、58.5%に及び、10年前と比較して9.4ポイント増加している(2012年(平成24年)矯正統計年報、平成25年版犯罪白書)。
出所受刑者の出所事由別5年以内再入率によると、覚せい剤取締法違反(49.3%)、窃盗(48.3%)、傷害・暴行(40.7%)がいずれも再犯率40%を超えており、これらの罪名の犯罪を繰り返して刑務所と社会を往復する累犯受刑者が多いことを示している。
その中でも、高齢者の刑務所収容者に占める割合の増加は著しい。
1995年(平成7年)度は全受刑者に占める65歳以上の高齢者比率は2.2%であったのに対し、2012年(平成24年)度は約8.8%と約4倍に増加している(平成25年版犯罪白書)。
全人口における65歳以上の高齢者比率は1995年(平成7)年度には全人口比14.6%であったのに対し、2012年(平成24年)度は24.1%(平成25年版高齢社会白書)と、約1.65倍の増加に留まっていることからも,刑務所収容者の高齢化が一般社会より2倍以上のペースで進んでいることが分かる。
国際的に見ても、同じく高齢化が進んでいる韓国、米国と比較しても突出している。
そのうち、2012年(平成24年)度において、全高齢受刑者に占める2度以上の入所者の比率は73.3%であり、全体の平均である58.5%を大きく上回っている。また、6度以上の入所者比率は39.8%に及ぶなど、累犯に及ぶ高齢者の割合が高く、比較的軽微な犯罪により短期間服役することにより刑務所と社会の往復を繰り返し、累犯高齢受刑者となっていく状況がわかる。
また、受刑者の中には、精神障がいや知的障がいを有する、あるいはその疑いのある者が多数存在する。
精神障がいを有すると診断された入所受刑者数についても徐々に増加を続け、2009年(平成21年)度以降2000人を超えており、2012年(平成24年度)において2368人が収容されている(平成25年版犯罪白書)。これは、全受刑者の9.6%にあたる。
また、2012年(平成24年)度新規受刑者の中で、知的障がいの疑いがあるとされる目安である知能検査指数(IQ)69以下の者は、21%にのぼり、かなりの割合を占めている(2012年(平成24年)矯正統計年報)。
このように、刑務所内には高齢受刑者や精神的あるいは知的な障がいを有する受刑者が多数収容されており、しかも割合は増加傾向にある。
2 犯罪を繰り返さないために何が必要か
誰しも刑務所で罪を償い、あるいは執行猶予の付された判決がなされたり、罰金刑の判決・略式命令により、社会復帰した後は、今後は罪を犯さずに、社会内において生活したいと決意するであろう。
しかし、「反省は一人でできるが、更生は一人では出来ない」という言葉に現れているとおり、社会復帰したときには衣食住を確保し、社会内で自活していかなければならないが、身寄りのない高齢者や障がい者はそもそも社会内において生活の基盤がなく、出所後たちまち経済的に困窮してしまう。いくら刑務所等で反省したとしても、生きていく術がない以上、再度犯行に走らざるを得ない実態もある。
2006年(平成18年)法務省特別調査によれば、親族等の受入れ先がない満期釈放者は毎年約7200名いるが、このうち高齢者又は障がいを抱え自立が困難な者が約1000名もいることが判明している。これらの満期出所者の多くは、満期出所後の帰住予定先が「その他」「未定、不詳」とされている。知的障がい者の犯罪動機は「困窮、生活苦」が最多であり、高齢者でも「生活苦」が多くを占めている。そして、知的障がい者の約7割、高齢者の約5割が出所後1年未満で再犯を犯している。
仮に衣食住が確保されたとしても、個々の高齢者や障がい者が抱える根本的な問題を社会内において解決する必要がある。すなわち、借金や離婚等の個人的問題を抱えている場合は、法的サービス等により解決する必要があるし、持続的に衣食住を確保するためには、就労にむけた支援や今後の生活において福祉サービスが必要となる者にはその手続の支援をする必要がある。
また、高齢者や障がい者は、治療等が必要な者もあれば、専門家による支援プログラムに基づいて支援していく必要がある者も多い。繰り返し罪を犯した高齢者、障がい者の生育歴を調査すると、ほとんどの場合、家族関係の形成に困難性があったり、家庭内のしつけ・教育を受けていなかった、障がいの気づきが遅く、適切な療育・教育を受けなかった、定職に就かなかったなど様々な問題が積み重なっている。障がい特性による認知のゆがみがあり、そこからくる個人の性格、あるいは社会・経済的要因が複合的に重なり合っている状況をひとつひとつ解きほぐしていく必要がある。
さらには、依存性のある薬物からの離脱については、専門の互助組織や治療、訓練が必要となる。
このように、刑務所での受刑生活を終え、あるいは執行猶予の判決や罰金刑の言渡等により刑事手続を終えた者(以下、単に「刑事手続を終えた者」という。)が、再び罪をおかすことのないよう社会生活を送るためには、衣食住の確保や専門家による支援が多くの場合必要である。しかし、頼れる親族や友人等の支援者がいない者、特に高齢者や障がい者は、支援の手がなければ衣食住の確保すら困難となり、いっそのこと再犯して衣食住が保障されている刑務所に入りたいと願う者もいる。
刑務所での受刑生活を終え、あるいは刑事手続を終えている以上、通常の市民と同様、社会内において尊厳をもって生活していく権利がある。彼らを支えていく社会を作り、彼らが再び罪を犯さなくてもすむことが可能な社会を作ることが、結果的に犯罪が減り、よりよい社会となることは明らかである。
第2 我が国の更生保護の現状と課題
1 更生保護の現状
従前から更生保護を主に担っていた行政機関や更生保護法人の現状は次のとおりである。
(1)更生保護行政
刑務所からの仮釈放者、執行猶予で保護観察が付された者、家庭裁判所の審判において保護観察処分とされた少年、少年院を仮退院した少年については、保護観察所の保護観察に服し、法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員である保護司の指導を受けることになる。
実際に保護観察に従事する保護観察官は全国で約982名(2014年(平成26年)2月21日現在、同日衆議院法務委員会法務省保護局長答弁)、保護司は4万7990名(定員5万2500名)である(2013年(平成25年)1月1日現在、平成25年版犯罪白書)。保護司の年齢は60歳以上が78.7%であり、女性の保護司の比率は約26%である(2013年(平成25年)1月1日現在、平成25年版犯罪白書)。
他方、2012年(平成24年)度末現在で保護観察に付されている者の総数は4万0840名である(2012(平成24)年保護統計年報)。
(2)更生保護施設
更生保護施設は、更生保護事業法に基づいて認可された更生保護法人や社会福祉法人などが事業主体として、主として帰住先のない矯正施設出所者や刑事手続を終了した者に対し、住居や食事等を提供し、自立に向けた支援を行う施設であり、2013年(平成25年)4月1日時点で全国に104施設(男子施設90、女子施設7、男女施設7)、定員は2340名(成人男子1845名、少年男子314名、成人女子134名、少年女子47名)である(平成25年版犯罪白書)。
2 更生保護の新たな担い手
山本譲司氏の「獄窓記」「累犯障害者」などが出版され、この問題について社会的注目が集まる中、我が国においても累犯に及ぶ高齢者・障がい者を始めとする矯正施設出所者や刑事手続を終えた者を社会内において支える受け皿作りが少しずつではあるが進んでいる。
(1) 地域生活定着支援センター
平成21年度に厚生労働省の地域生活定着支援事業として、全都道府県に地域生活定着支援センターを設置し(設置完了は2012年(平成24年)度)、高齢又は障がいを有するため福祉的支援を必要とする矯正施設出所者について、出所後、直ちに福祉サービスが受けられるよう、本人や関連行政機関、施設の調整にあたることとなった。2012年(平成24年)度からは、同省の地域生活定着促進事業として、出所者の相談、矯正施設出所後のフォローアップまでも事業の範囲となっている。
地域によっては、後述の「入口支援」を積極的に行っているところもあるが、センターの業務の延長の範囲内で取り組んでおり、余力がないセンターとの間でばらつきが生じているのが現状である。
(2)自立更生促進センター、就業支援センター
円滑な社会復帰のために必要な環境が整えられない仮釈放者等を対象とし、一時的な宿泊施設を提供する国の施設として、2009年(平成21年)6月に北九州市、2012年(平成22年)8月に福島市に設置された(収容定員は成人男子のみ合計34名)。保護観察官が常駐し、生活面での指導監督の他、協力雇用主やハローワークとも連携し、就労支援も充実させている。
また、農業等の職業訓練を行う施設として、2007年(平成19年)10月に北海道沼田町(少年対象、定員12名)に、2009年(平成21年)9月に茨城県ひたちなか市(成人男子対象、定員12名)に就業支援センターが設置されている。
(3)自立準備ホーム
2011年(平成23年)から法務省の「緊急的住居確保・自立支援対策」として、社会福祉法人、NPO法人、個人等の事業者が保護観察所に登録し、宿泊場所や食事を提供するとともに自立生活指導を行う、「自立準備ホーム」の制度が始まった。平成25年3月31日現在で、全国236事業者が登録し、平成24年度の新規委託件数が947件であった(平成25年版犯罪白書)。
(4)刑務所における取り組み
刑務所においても、社会福祉士・精神保健福祉士を職員として採用し、福祉による支援が必要な者の選定や円満な社会復帰に向けた帰住先の調整を行っている。
また、喜連川社会復帰促進センター、播磨社会復帰促進センター、島根あさひ社会復帰促進センターにおいては、高齢者・障がい者を対象とした「特化ユニット」を作り、専門家の指導のもと、受刑者の特性にあったプログラムに基づく教育や円滑な社会復帰に向けた調整が行われている。
3 課題
このように、国としても新たな制度や事業を始めるなど、この問題に対して、対処しようとしているが、以下のとおり、課題も多い。
(1)専門性を有する人員の不足
上記のとおり、高齢者や障がい者、薬物依存者で犯罪を繰り返している者については、その者の生育歴や障がいの内容、社会における生活状況等様々な要素を丁寧に分析し、更生に向けた支援プログラムを作成し、その進行状況に応じて柔軟に修正する必要がある。
そのためには、社会福祉、精神保健、矯正・保護の実務に通じた知識と経験が必要不可欠である。
ところが、上記のとおり保護観察を担うことの出来る保護観察官は1000名弱しかいない。
保護司も単純な割合でみてもかろうじて対象者1名につき保護司1名を配置できる程度である。その保護司の年齢構成が非常に高いことから、今後継続して対象者に十分に関わることが困難になるおそれも高く、問題性のある対象者に専門的な対応ができないおそれもある。
更生保護施設においても、これらの処遇困難者については、受け入れを断る施設も多い(「法務と福祉の接点である更生保護に関する研究」更生保護施設等に対する調査)。地域生活定着支援センターの調整の対象となっている高齢者・障がい者を受け入れる指定更生保護施設に指定されている施設もいまだに全都道府県に行き渡っていない状況にある。受け入れを断った更生保護施設は、理由として雇用が決まる見込みがない、専門的な処遇を行えないという理由を挙げており、これらに対応する福祉専門職等の育成及び配置が急務である。
地域生活定着支援センターも各地によって対応のばらつきがあると指摘されており、一般社団法人全国地域生活定着支援センター協議会の平成26年度に向けた国への要望書においても、件数等に応じた新たなセンターの設置や職員の加配にむけた条件整備を求めている。同センターはコーディネーターとして司法と福祉との架け橋となることが期待されているが、センターによっては福祉等の専門職が1名ということもあり、さらなる充実と体制強化が不可欠である。
そして、国は、このための予算措置をとるべきである。
(2)衣食住を提供する施設数の絶対的不足
上記のとおり、更生保護施設、自立更生促進センターの定員及び自立準備ホームの新規委託数を合計したとしても約3300名しかない。この内、自立更生促進センターは仮釈放者しか受け入れておらず、更生保護施設も、平成24年度では延べ4382名の仮釈放等による保護観察対象者を受け入れていることから(平成25年度保護統計年報)、帰住先のない満期出所者、とりわけ処遇の難しい累犯の高齢者、障がい者、薬物依存者等を受け入れる物理的余裕もなく、社会内において生活する場所を見つけることは困難な状況が続いている。
これらの者は比較的短期の刑が多く、作業報奨金の額もさほど多くはない。衣食住について支援を得られず、少ない作業報奨金を使い果たし、再犯に及んだ事例も多数あるところである。
また、更生保護施設や自立準備ホームにおいても女子の定員が圧倒的に少なく、女子受刑者の増加を考えると、今後の帰住先確保については不安が残る。
さらには、高齢者、障がい者、薬物依存者あるいは少年といった対象者の特性に応じた専門的支援が重要となるが、例えば薬物依存についての支援が必要な場合であっても、後述のとおり更生保護施設や自立準備ホームの受入数に限界があることから、必ずしも適切な支援が受けられるような更生保護施設や自立準備ホームに入所できる仕組みとはなっていない。このことから、対象者と支援のミスマッチングが発生し、対象者の更生につながらないケースもあると聞いている。
よって、国は、高齢者や障がい者、薬物依存者等処遇が困難な者であっても、社会復帰の際の衣食住の受け皿となり、かつ適切な支援を受けられる施設等を選択できるよう、受け入れ可能な指定更生保護施設の増加、充実及び自立準備ホームに対する支援を拡充するなどの方策をとるべきである。
(3) 画一的な予算執行や制度適用の弊害
更生保護施設や自立準備ホームにはそれぞれ委託費として費用が支出されているが、そのほとんどは職員の人件費や設備費、対象者に関する必要経費とされてしまい、対象者についての支援プログラムを実施する際に使用出来る費用を捻出するのは困難な状況にある。
また、更生保護施設の入所者は生活保護として医療扶助しか支給されないため、収入を得る術のないことで最低限の日用品や嗜好品も購入できない障がい者、高齢者の存在が顕在化してきている。
さらには、対象者が病気等で入院した際には、医療カンファレンス等への出席など施設として関与することが多いにも関わらず、入院から8日目で除籍され委託費がなくなったり、自立準備ホームでは対象者の状況を全く考慮しないまま画一的に6か月で保護委託期間を打ち切られるなど、制度を画一的に運用されることで十分な支援ができない現状もある。中には、担当保護観察官からさらに短期間で退所させるよう示唆された事例もあると聞いている。
そもそも更生保護の分野は、これまでも保護司を始め、更生保護女性会等の熱心なボランティアにより支えられているが、更生に必要な経費については国の予算により支出するべきであるし、施設や職員、ボランティアに過度に無償の職務を要求することは決して健全な更生保護環境を実現することにつながらない。
したがって、国は、更生保護について、過度にボランティアや寄付に依存するのではなく、必要な費用は財政支出し、かつ対象者の個性に応じた柔軟な対応が可能な制度運営をすべきである。
第3 入口支援の充実にむけて
1 長崎発の取り組みから5県のモデル事業へ
平成21年から平成23年にかけて、社会福祉法人南高愛隣会(コロニー雲仙)が中心となり、厚生労働科学研究「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」が行われ、その研究報告において、矯正施設において懲役刑等を受刑する前段階である、犯罪事実には争いがなく不起訴処分となった高齢者、障がい者及び執行猶予判決を受けた高齢者、障がい者などに対する、矯正施設に代わる更生教育の機能・制度が必要であると指摘がなされた。
この研究成果に基づき、長崎県を始めとする5県においてモデル事業が実施されている。中国地方では島根県で実施されている。
モデル事業の内容は,時期・地域により多少仕組みの違いがあるものの、福祉関係者、精神科医、精神保健福祉士、地域生活定着支援センター職員等で構成される「障がい者審査委員会」あるいは「調査支援委員会」を設置するというものである。同委員会は,弁護人又は検察官の要請に基づき、被疑者と面接するなどして、生い立ちや障がいの程度、犯罪の起こった経緯・要因の調査や福祉による更生支援の必要性・妥当性を精査し、医学的あるいは福祉的観点から意見を述べることによって、被疑者・被告人の社会内による更生を図る可能性を探ってきた。
これらのモデル事業の成果として、従来では公判請求されていた事案が不起訴(起訴猶予)となり、また従来なら実刑となっていた事案が執行猶予の付された判決となったケースが報告されている。島根県においても、控訴審で実刑判決が破棄されて執行猶予の付された判決となり、社会内において福祉の支援につなげたケースがある。
2 「入口支援」の新たな取り組み
大阪弁護士会では、社会福祉士会と連携して、高齢者、障がい者等支援の要する被疑者・被告人について、社会福祉士とともに接見し、受入施設を探すなどして更生支援計画を立てて、証拠として提出するような取り組みがなされている。
また、広島や高松など全国7か所の保護観察所において、万引きや起訴猶予処分が見込まれる被疑者に保護観察官が面談し、社会復帰を支援する取り組みを試行している。
3 「入口支援」の課題
(1)全国的な体制の整備
2013年(平成25年)度第67回中国地方弁護士大会(宇部)において、島根県弁護士会から、司法と福祉が連携する支援策の一つである「障がい者支援委員会」並びに「調査支援委員会」を設置するなどのモデル事業の成果を検証し、早期に本格事業化し、全国的に展開するよう求める、「罪を犯した高齢者・障がい者の社会内処遇を支える支援体制の構築に関する議題」が提案され、圧倒的多数の会員の賛成をもって決議されているが、未だに全国的な運用には至っていない。
平成28年までに刑の一部執行猶予制度が始まる。この制度については是非があるものの、一部執行猶予を付するか否かは、「入口」である被告人段階で判決により決まることから、弁護人としては、社会内においてどのような更生支援計画を立て、早期に社会内において支援を受けられるようにするかを情状として主張する機会も今以上に増えると考えられる。
モデル事業が実施されている県にのみ、更生支援計画を立てることが可能なシステムがあるというのでは、モデル事業の対象となっていない他の都道府県と比べて不公平であり、公平性という刑罰の根幹を揺るがすことにもつながりかねない。
国は、早急に全国においても、専門家による医学的・福祉的知見を求め、福祉的な観点から更生支援計画を策定できるような体制を作るべきである。
(2) 十分な調査を可能とするための配慮
また、医療・福祉の専門家による十分な調査、とりわけ本人への面接調査やテスト、生い立ち等の調査が必要となるが、一般的には接見時間も制限されているし、特に起訴前は一般的には捜査で収集された被疑者の情報が開示されないことから、必要十分な調査ができないおそれもある。このようなことにならないよう、裁判所や検察庁は接見について弁護士接見に準じた十分な配慮や調査に必要な範囲での被疑者に関する情報の提供について配慮すべきである。
第4 弁護士として何が出来るか
龍谷大学法科大学院の浜井浩一教授は、著書の中で更生保護についての法律家の役割について「法律家として、生活困窮や社会的孤立などの問題を解決し、彼らが社会に適応して生きていけるようにすることも法曹の役割である。刑事手続は、そうした問題点を発見するための重要な機会だと考えてもらいたい。問題の本質は万引きや無銭飲食といった事件にあるのではなく、その背後にある生活困窮や社会的孤立にあるのである。」(同著書「罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦 隔離から地域での自立支援へ」より抜粋)と述べている。罪を犯した人たちが、再び罪を犯すことのないよう支える社会を目指すためには、刑事司法の一端を担う弁護士の役割が不可欠である。
1 刑事手続内における弁護士の役割
刑事手続内(判決以前)においては、多くの弁護士が弁護人として、犯罪事実を争わないときには、被疑者・被告人が今後二度と社会において罪を犯すことのないようにするためには何が必要かを考え、出来る範囲で取り組みを進めてきた。
今回の宣言では、より制度的に福祉と結びついた形で被告人の更生について考え、福祉の専門家とも協議しながら帰住先を確保し、判決後、被告人のための更生支援プログラムが実現出来るような制度づくりを提案し、今後、個々の刑事事件においても情状弁護などで活かしていく役割がある。
そのためには、弁護士は、例えば障害者手帳等の公的認定を受けていないが「障がい者」であることに気づくための技術や社会福祉の基本的知識を研修などで身につける必要がある。大阪弁護士会ではそのような疑いがある被疑者・被告人については研修を受けた弁護士が派遣されることになっている。
もっとも、責任能力が争点になるような事案、事実関係を争う事案のなかで、この制度を用いるか否かという点については弁護士である弁護人による慎重な判断を要することは当然である。あくまで被告人の利益となる範囲で用いられるべきであり、被告人の利益を守る法律専門家である弁護人の意思に反してまでこの制度が用いられることは認められるものではない。逆にいかなる事案についてこの制度を利用するかを弁護人が法律家的観点から十分検討する役割を担っているといえる。
関与する社会福祉士等の専門家に法律家的観点から手続の説明やアドバイスをすることも弁護士の重要な役割となる。
2 刑事手続終了後の弁護士の役割
刑事手続終了とともに、刑事訴訟法上の弁護人としての弁護士の役割は終わることになる。
しかし、別途負債の整理等の法律問題を抱えている場合に加え、高齢者、障がい者、薬物依存者等一人での更生が困難なケースでは、彼ら自身の権利を正当に擁護するために弁護士が必要な場合がある。
例えば入所施設でトラブルを起こした場合や施設の方針や保護観察官の指導が彼らの利益と合致していない場合も想定されるが、そもそも権利主張が難しく、かつ罪を犯したという意識を持っている彼らが、施設や保護観察官に自分の主張を述べるというのは困難であり、弁護士が彼らの立場に立って主張し、調整を図るという役割が考えられる。
岡山県では、少年のケースではあるが、NPO法人子どもシェルターモモの運営する施設に入所する際に、少年事件の付添人弁護士が、子ども担当弁護士として、子どもの立場に立って話を聞いたり、施設や法人と交渉したりして、子どもの権利を守るほか、入所したもののやむを得ず施設を出て行かざるを得ない少年の帰住先を調整するなどの役割を担っている。
このように、刑事手続終了後でも、弁護士は、特に高齢者、障がい者等自らの意思表明が困難な者については、彼らの立場に立って立ち直りを支援する役割が求められている。
もっとも、このような者が自ら弁護費用を支出することは極めて困難な場合が多い。現在の総合法律支援法では、少年以外の「出口支援」は原則として対象となっていないことから、同法の改正を含めた体制作りが必要となる。
第5 まとめ
以上のとおり、当連合会は、罪を犯した人たち、特に高齢者、障がい者、薬物依存者等更生に困難を抱える人たちが、刑務所と社会の往復の末、人生を終えるのではなく、人間らしく生きることができるよう社会全体で支える体制を構築するために努力していくことを宣言する。
以上