中弁連の意見

 裁判員制度は、2009年(平成21年)5月21日から施行され3年が経過した。法務省は、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下、「裁判員法」という)附則第9条に基づき裁判員制度の見直し検討を既に始めている。現在検討されている内容は、立法化の要否についても併せて検討されており、所要の措置を講ずるものとされているが、これに先立ち日本弁護士連合会は、2012年(平成24年)3月15日「裁判員法施行3年後の検証を踏まえた裁判員裁判に関する改革提案について」と題する法改正も含めた提言を公表しているところである。

 しかしながら、上記見直し検討結果に基づく立法化がいつ実現するかは不透明であり、裁判員制度施行後3年の施行状況を踏まえ、立法化を待つまでもなく直ちにできる裁判員制度の運用上の改善については、早急に行うべきである。

 そこで、中国地方弁護士会連合会は、日本弁護士連合会の上記改革提言を踏まえ、

 

  1.  裁判所に対し、01.gif判決書において評議の過程と内容を示すように努めること、02.gif任務終了後の裁判員の守秘義務の範囲を限定的に解釈した基準を明確に示すこと、03.gif罪体認定について量刑立証が影響を与えるおそれがある事件については、手続二分論的な審理を行うようにすること、04.gif強引な争点整理をしないで充実した審理や評議のためにより柔軟な審理計画を立てること、05.gif公判審理においても、審理計画に拘泥することなく手続保障を尽くした審理を行うこと、06.gif裁判員法第39条第1項に基づく裁判員及び補充裁判員に対する説明において、無罪推定の原則、証拠裁判主義、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を、分かりやすくかつ十分に説示すること、などの運用を行う努力をすべきことを求め、
     
  2.  検察庁に対し、01.gif捜査機関の手持ち証拠を全面的に開示すること、02.gif警察等も含めた捜査機関による取調べの全過程を録画して全面的に可視化することなどの運用を行う努力をすべきことを求めるとともに、
     
  3.  各弁護士会と協力して、各弁護人が裁判員に分かりやすく、より一層充実した弁護活動ができるように、01.gif終了した裁判員裁判事件についての情報を収集して、弁護活動として参考とすべき良い点や改善すべき課題・問題点を会員全体で共有化することを図っていくとともに、02.gif法廷弁護技術やプレゼンテーション技術を向上させるための研修をおこなう、などの運用を進めていくことに努め、

 

 これらの運用改善を実行することによって、今後もより良い裁判員裁判が実施されるために努力し続けることを宣言する。

 

2012年(平成24年)10月12日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 裁判員制度見直しの開始

 裁判員制度は、2009年(平成21年)5月21日から施行され、今年5月21日で3年を経過した。「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下、「裁判員法」という)附則第9条は、「この法律の施行後3年を経過した場合において、この法律の施行の状況について検討を加え、」と規定しており、その検証のもとに制度の見直しが始まっている。裁判員法の改正は法務省の「裁判員制度に関する検討会」において、公判前整理手続等を含めた裁判員制度以外の裁判に関わる法改正については法務省の法制審議会において、それぞれ検討に入っている。

 日本弁護士連合会は、裁判員法附則第9条に基づく制度見直しが始まるに際し、2012年(平成24年)3月15日に「裁判員法施行3年後の検証を踏まえた裁判員裁判に関する改革提案について」と題する提言を行っている。この提言は01.gif裁判員の参加する公判手続等に関する意見書、02.gif裁判員の負担軽減化に関する意見書、03.gif死刑の量刑判断における評決要件に関する意見書、04.gif少年逆送事件の裁判員裁判に関する意見書、05.gif裁判員法における守秘義務規定の改正に関する立法提言、06.gif裁判員制度を検討するための検証機関設置を求める提言をまとめたものとして発表されている。これらの提言の内容は、今後も検討を要する事項が含まれているが、その中には、条項の新設提言と改正提言が含まれている。すなわち、公訴事実に争いのある事実の公判手続の審理の順序に関する規定の新設、裁判員等の心理的負担を軽減させるための措置に関する規定の新設に関するものと、裁判員裁判対象事件の範囲を拡大するための改正、被告人に証拠の全面的開示請求権を認めるための改正、死刑判決などの評決の要件の改正など、他にも指摘されているものはあるが、これらは、本来的には立法による解決が図られるべき内容である。

 しかしながら、上記見直し検討結果に基づく立法化がいつ実現するかは不透明である。他方、裁判員裁判対象事件はなおも継続して発生している以上、裁判員制度施行後3年の施行状況を踏まえて、立法化を待つまでもなく、直ちにできる裁判員制度の運用上の改善については、早急に行うべきである。
 そこで、当連合会は、立法論ではなく、立法化を待つまでもなく直ちにできる裁判員制度の運用上の改善を求め、本宣言を行うものである。

 

2 裁判員制度に期待したものと現状

(1)裁判員制度は、司法制度改革審議会最終意見書によれば、国民主権を司法の分野でも実質化すること、国民が統治主体として能動的に公共的役割を担うこと、裁判に市民感覚を反映させることなどを理念として、導入されたものである。また、法社会学者ダニエル・H・フット東京大学大学院教授は、裁判員制度の導入目的について、法曹三者が作成した映画を分析し、裁判所は、裁判員が社会常識を反映させた判断を行い又裁判官は職業的判断を行い、両者がやりとりをすることで「評議の過程が豊かになる」ことを期待していたと、検察庁は、「被害者、社会の安全、刑罰といったものに対する世間の常識が反映される」と期待していたと、更に、弁護士会は、「冤罪の防止に役立つ」と期待していたと述べている。

 

(2)裁判員裁判が施行され、意見書に記載された目的である裁判に市民感覚が反映されたといえるか、あるいはフット教授が分析したような法曹三者の期待が達成されていると言えるかどうかについて、裁判員裁判の判決結果から見ると、覚せい剤取締法違反事件の無罪率は、裁判員裁判事件全体の無罪率0.5%に比して2.3%と高く(具体的には、裁判員裁判全事件3884人中18人が無罪であり、このうち覚せい剤取締法違反事件では353人中8人が無罪である。以下本項での数字は断りのない限り、最高裁判所発表の「裁判員裁判の実施状況に関する資料」での2012年(平成24年)5月までの速報値による)、検察庁において覚せい剤取締法違反事件の捜査方法自体の見直しを検討するまでになっている。覚せい剤取締法違反事件における無罪率の上昇は、評議の過程が豊かになり、有罪認定に対する国民の率直な疑問が活かされている結果であるとみることができる。

 

(3)また、刑事事件が裁判員裁判対象事件の場合、報道等が行われることもあって、国民の関心が高まっていると言え、刑事事件に対する無関心は克服されつつあるように思われる。量刑については、性犯罪の厳罰化が顕著になっている一方、殺人事件などでは従前の量刑分布と比べて幅広い分布となり、執行猶予率も上昇している等、従前の量刑状況と明らかに異なる傾向が現れていて、刑罰に対する世間の常識が反映された結果とみることができる。

 具体的には、裁判員制度施行3年前の平均数値(2007年(平成19年)ないし2009年(平成21年)犯罪白書に拠った)と、裁判員制度施行後の数値(最高裁判所「裁判員裁判の実施状況に関する資料」での2012年(平成24年)5月までの速報値)とを比較すると、強姦致死傷罪については、懲役5年~15年が42.5%から65.3%に増加し(懲役5年以下は49.1%から24.4%に減少)、強制わいせつ致死傷罪については、懲役5~15年が11.7%から22.2%に増加している(懲役5年以下は87.5%から77.8%に減少)。殺人事件については、懲役15年超が16.0%から20.3%に増加する一方で、懲役5年以下も35.6%から37.3%に増加し、懲役5年~15年は48.5%から42.4%に減少している。執行猶予率は、裁判員裁判対象事件全体で13.8%から15.8%に増加し、殺人事件では14.4%から19.0%に増加している。

 裁判員経験者は、物事を様々な角度から考えるべきであることに気づいたといった感想を述べるなど、95.5%がよい経験をしたと思っているようであり、以後の生活にプラスになったと評価する裁判員経験者が70%にも及び(朝日新聞2012年(平成24年)5月19日付け朝刊35面アンケート)、また判決に市民感覚が反映されたとする裁判員経験者も75.2%(朝日新聞同上)にのぼっている。刑事裁判に国民が参加することにより、司法制度をより良く理解し、また司法制度の抱えている問題点をも併せて理解するという効果はあがっていると言える。しかし、一方で裁判員の負担、審理期間の長期化、事実認定の複雑化、量刑の選択、とりわけ死刑判決の心理的負担は非常に重いことに変わりはない。さらに、市民が刑事裁判に参加する意義を、裁判員経験者からもっと十分に伝えられる必要がある。

 

(4)そして、冤罪の防止については、前述の覚せい剤事件における無罪率の上昇のほか「情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても、直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(・・・)、直接証拠がないのであるから、情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。」と判示した2010年(平成22年)4月27日最高裁第3小法廷判決(刑集64巻3号233頁)などの影響もあって、期待できる傾向にあり、有罪率99.9%からの脱却が図られる可能性もあるということができる。

 もっとも、裁判員裁判事件全体の無罪率は0.5%であり、これは、2006年(平成18年)から2008年(平成20年)までの裁判官裁判の無罪率0.6%と比較するとほぼ変わっていない。これは、戦前陪審制の無罪率16.7%や国民の司法参加制度を持つ国々の無罪率と比べて、極めて低い率にとどまっており、冤罪の防止のために国民参加が有益か否かは未だ不明である。

 

3 裁判員制度につき直ちに運用改善すべき課題

(1)当連合会は、上記のような現状に鑑みれば、各弁護士会を含め、裁判所、検察庁には、裁判員制度について、現時点で次のような課題を抱えていると考えるものであり、その中で、より良い裁判員制度にするために、立法化を待たずとも運用改善により直ちにできることに取り組む努力が必要であると考える。

 

(2)裁判所

ア 裁判所は、当初、論告検証型の評議(弁護人の弁論を踏まえつつ論告を検証してゆく形の評議のやり方)をし(最高裁判所「模擬裁判の成果と課題」判例タイムズ1287号8頁)、その検証過程を判決書に表すとしていたが、現在はそれがなされていないばかりか、ラフ・ジャスティスと思われるような判決書が散見され(広島地方裁判所において、判決書が3頁のものが2011年(平成23年)5月以降に5件ある。ちなみに、判決書の平均ページ数は、2010年(平成22年)末までが平均8.89頁、2011年(平成23年)が7.39頁、2012年(平成24年)6月末までが6.38頁と漸減している)、弁護人の弁論に応答していない判決が出されているとの批判がある。
 裁判所は、裁判員が参加して評議をした結果である事実認定が、どのような評議過程により行われたのかを判決書で明らかにすることにより、従前の裁判官裁判で評議が行われていた場合と比較検討できるようにすべきである。そのために、評議の過程とその内容を判決書で示す工夫をすべきであり、論告や弁論で触れた主要な主張については必ず応答するように努めるべきである。そうしなければ、訴訟当事者である検察官や被告人・弁護人が、裁判員や裁判官の関心事がどこにあるのか分からず、今後の裁判員裁判において、裁判員に分かりやすく、かつ、裁判員が公正に判断するために必要十分な主張・立証活動を的確に行うことができないからである。

イ また、判決書に表されるだけではなく、任務終了後の裁判員の守秘義務の範囲を曖昧なままとせずに限定して明確化し、裁判員経験者が無用な萎縮をすることなく感想等を述べられるように努めるべきである。裁判員経験者は、裁判員裁判を経験したことに対して概ね肯定的評価をしているようではあるが、それだけではなく、具体的にどういった点が良かったのか、あるいは、どういった点が悪く制度の改善が必要なのかについて、裁判員経験者からの自由な意見が聞けないと、裁判員制度の改善策を十分検討できないからである。
 さらに、付け加えれば、裁判員があまりにもお客様扱いされる現状への批判が裁判員自身からも起こっているが、これらについてもどこに問題があるのかについては、裁判員から直接語られることが必要である。
 また、裁判員の感情に流される事実認定の危惧を排除しなければならない。たとえ裁判員としての自覚を持っていたとしても、訓練を経ていなければ人間としての感情に流され、証拠の評価を誤ったり、証言や供述の信用性を誤ったりしたうえでの事実認定を行う恐れがないとは言い切れない。裁判員裁判の弁護人を経験した弁護士からは、その恐れをぬぐいきれないため、弁護活動に対する制約を感じたとの感想もある。こうした事態は、被告人の防御権を正しく行使できないもので、制度上改善されるべき事項である。そのために、まずは構成要件・違法性・有責性の事実認定に関する審理を行い、これをもって被告人が有罪であると認定された場合には別途量刑に関する審理を行うという手続二分論的運用を真剣に検討すべきである。

エ また、裁判所によっては、弁護人にとって、看過できない疑念を抱く運用がなされることがある。
 裁判所が、裁判員の負担軽減を理由として、公判前整理手続において、争点の撤回を弁護人に対して強く求めることがあったり、カルテのように解読に一定の専門的知識を要する書証について採用に難色を示すなど、被告人にとって必要な防御活動を犠牲にしてしまうおそれのある運用がなされることがある。  また、書証の不同意意見に対して不同意部分を限定するよう求め、刑事訴訟法上必要とされていない不同意理由の開示を強く求めるなど、本来、事実認定は直接主義により行われるべきところ、これを限定する運用がなされることがある。
 さらに、裁判員の拘束時間を気にして、公判廷において新たな事実が判明しても公判前整理手続において立てられた審理計画の変更を認めなかったり、審理計画どおりの時間進行に拘泥し、時間管理のみが優先し、充実した審理が放棄されることもあり、また充実した評議のための評議時間の延長を渋り、真実発見のために必要な審理や評議がおこなわれない運用がなされることがある。現に、鳥取地方裁判所の裁判員裁判においては、弁護人の弁論の最中であり、弁論予定時間を超過していないにもかかわらず、裁判長が弁護人に対してストップウォッチを指し示す動作をした行為が発生し、しかも、検察官の論告の際にはこのような行為をしなかったことから、鳥取県弁護士会は、当該裁判長の行為は、弁護人に対する侮辱行為であり、弁護活動を妨害し、検察官の論告の際の対応に比して偏頗、不公平なものであり裁判の公正を疑わせることになりかねないとして、2010年(平成22年)7月23日付け「法廷内でのストップウォッチの呈示に関する会長声明」を発出して、裁判所及び裁判長に対して、厳重抗議をしている。
 より充実した審理や評議のために、公判前整理手続においては、柔軟な審理計画を立てるとともに、強引な争点整理を行わないようにすべきであるし、公判審理が始まった後も、審理計画に拘泥することなく、手続保障を尽くした審理を行うべきである。裁判員の負担軽減という名目で、被告人の権利が制限を受けることがあってはならないことは、言うまでもないことである。

オ 裁判員制度においては、裁判員となる国民には法律専門知識は必要ないものの、裁判員裁判において正しい判断をしたいとの意識を有しており、この意識に応えるためには、無罪推定の原則や黙秘権の保障といった刑事裁判の理念に対する十分な理解が必要である。これらの刑事裁判の理念は法曹三者の立場で異なるものではないから、法曹三者が協力して、国民に対して、無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念の周知を徹底させ、理解してもらうように努めるべきものである。
 とりわけ、まずもって必要なのは、実際に裁判員及び補充裁判員となった者に対する裁判員法第39条第1項に基づく説明において、裁判所は、無罪推定の原則、証拠裁判主義、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を、分かりやすくかつ十分に説示することである。刑事裁判の理念という裁判員裁判を行う前提となるルールの十分な理解なくして、裁判員裁判において正しい判断はできないからである。

 

(3)検察庁

ア 証拠の開示については、捜査機関が強制力を駆使して公費により作成又は入手した証拠については、本来、被告人側に対する全面的開示が認められるべきでものである。証拠の全面的開示は、冤罪を防止し、刑事手続における実質的当事者対等の理念を実現するためにも不可欠である。2011年(平成23年)5月24日に再審無罪判決が言い渡された布川事件では、無罪方向の証拠の多くが第2次再審請求後になってようやく弁護人に開示されるに至ったが、早期に証拠の全面的開示がなされていれば、このような冤罪事件が発生することはなかったのである。また、証拠の全面的開示がなされれば、現在の裁判員裁判における弁護側からの類型証拠開示請求及び主張関連証拠開示請求と、これに対する検察官の回答に費やす時間が短縮され、訴訟の遅延化も避けられる。
 裁判員も、公正な情報や証拠を前提として、裁判員裁判において正しい判断をしたいとの意識を有しており、この意識に応えるためには、証拠の全面的開示を検察庁が行うことが必要である。
 検察庁は、捜査機関側で有する証拠の全容を明らかにし、開示することについて、柔軟に対応すべきである。

イ また、検察庁は、裁判員裁判対象事件につき、録音・録画の試行を実施するとしており、警察においても、平成24年春から裁判員裁判対象事件については、自白事件だけではなく否認事件も含め、供述調書作成前に供述内容を確認する場面にも拡大しており、今後も警察と連携を図りつつ、試行を進めるとしている。しかし、これらの試行は取調べのごく一部でなされているにすぎず、弁護士会が求めてきた「取調べの可視化」、すなわち警察・検察を通じた全過程の録画からすると、あまりに不十分であることは明らかである。
 我が国では、これまで捜査官による密室での違法・不当な取調べが繰り返され、自白調書の作成過程が検証できない構造の中で、多くの冤罪が生み出されてきており、この数年の間でも、志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件、郵便不正事件等の違法・不当な取調べによる冤罪事例が多く発生している。また、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)をしないままだと、取調べ状況を客観的に証明する手段に乏しいため、弁護人・検察官双方の主張が対立し、自白の任意性の有無等に関する争いが多く、これまで裁判の長期化や冤罪の深刻な原因になっていた。裁判員制度において、これまでと同様、自白の任意性の争いが行われると、裁判員も自白の任意性の有無をめぐる公判廷での関係者の供述による立証活動に付き合わざるをえず、無用な審理の長期化を避けられないことになる。しかし、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が行われることにより任意性の有無等に関する争いが減少し、無用な審理の長期化を避けられることになる。

ウ よって、警察等も含めた捜査機関による取調べの全過程を録画して全面的に可視化する運用をすべきである。

 

(4)弁護士会

ア 裁判員制度の導入により冤罪の防止がより図られたかについては未知数ではあるが、上記のように覚せい剤事件で無罪率が上昇し、間接事実積重ね方法による立証事件でも無罪が獲得されるようになったのは一定の進歩と評価できる。もっとも、裁判所が実施した2011年度(平成23年度)の裁判員経験者に対するアンケート結果(回収率97.6%)では、弁護側の法廷での説明がわかりにくかったとする回答が多く(裁判員裁判対象事件全体での法廷での説明のわかりやすさに関し、検察官につき分かりにくかったとする回答が4.5%に対し、弁護人につき分かりにくかったとする回答が17.2%)、また証人や被告人の証言や供述がわかりにくかったとする回答が多く(裁判員裁判対象事件全体での法廷での手続全般で理解しにくかった理由のうち、証人や被告人の話の内容が分かりにくかったとの回答が17.8%あり、その他の理由を除くと最も高い理由となっている)、2010年度(平成22年度)の同アンケート結果の数値とほぼ変化がないことから、裁判員への分かりやすさの点での疑問が呈されている。

イ まず、裁判所や検察庁が官署の組織体であるのに対し、弁護士は、各弁護士会に所属しているといえど、当該弁護士会に勤務しているものではなく、各自が独立して職務を遂行しているため、各弁護人が裁判員裁判対象事件で得た経験全てを弁護士会に報告することはなく、その経験は各弁護人限りのものになってしまうおそれがある。そうなると、せっかく得られた裁判員へのわかりやすい尋問方法・尋問内容や、あるいは課題や問題点を、他の弁護人が踏まえないまま弁護活動を展開してしまうおそれがある。そこで、各弁護士会は、終了した裁判員裁判対象事件について、各弁護人から積極的に情報収集して、弁護活動として参考とすべき良い点や課題・問題点を会員全体が共有化できるように図ることで、その後の各弁護人の裁判員に分かりやすくより一層充実した弁護活動を行うことにつながる。

ウ なお、弁護人側で分かりやすくすることについてはそもそも内在的に一定の限界はある。弁護人の主張は検察官の冒頭陳述のように事実をストーリーとして必ずしも提示できないケースが多いこと、犯罪の動機などは、単純明快で平板な心理による動機よりも複雑で入り組んだ心理による動機形成が圧倒的に多いこと、弁護人はその職務上被告人に不利益な主張・立証活動をなしえない立場にあり、この立場上被告人の主張に拘束されることがあること等のためである。しかし、上記のような限界があったとしても、法律専門知識のない裁判員に対する各弁護人の法廷弁護技術やプレゼンテーション技術上の問題が原因で、弁護活動や尋問内容が裁判員に分かりやすく伝わらなかった可能性も否定できない。そこで、法廷弁護技術やプレゼンテーション技術を向上させるための研修を行っていくことも必要である。

 

4 総括

 法曹三者が上記各課題を克服してゆけば、市民が加わる個々の裁判員裁判によって、従前の事実認定手法が変わってゆく契機になることを期待でき、また、形骸化した司法を取り巻く環境が改善される契機となり、国民が納得するような量刑の適正化が図られ、国民主権の実質を備えた公正な司法を実現できるであろう。

 当連合会は、国民主権を実質化し、国民が統治主体として関わり、市民感覚を反映するより良い裁判員制度の実施のために、裁判員制度で直ちにできる運用改善について、裁判所・検察庁にそれぞれ努力を促し、当連合会も各弁護士会と協力して努力し続けることを宣言する。