中弁連の意見
2000年(平成12年)に新しく成年後見制度が作られ、かつての財産管理を中心とした禁治産制度から、身上監護に重心を移した制度となった。この制度は、判断能力の不十分な人が、その意思を尊重され、最後まで自己実現を可能にするための重要な制度である。
しかし、この成年後見制度が、十分に機能していない現状がある。
成年後見・保佐・補助(以下「成年後見等」という。)を必要とする人は、統計上500万人はいると推計されるが、そのうち成年後見人・保佐人・補助人(以下「成年後見人等」という。)が選任されているのは約23万人である。成年後見等が必要であるのに未だ成年後見人等が選任されていない人が多数いることを示している。また、本人が虐待を受けている場合や、一つの家族内に複数の成年後見等を必要とする人がいる場合や、本人に収入・財産のない場合について、成年後見等の申立てがなされずに放置されたり、成年後見人等の選任が遅れたりしている事案がある。さらに、成年後見人等が選任されても本人の意思の尊重・自己実現の点において不十分な事案がある。
制度が十分に機能していない原因として、国は、成年後見制度を法制化するにあたり、裁判所による成年後見人等の選任と監督、市町村長申立及び成年後見制度利用支援事業を定めたのみで、成年後見等を必要とする人の数に対応し、かつ制度を利用しやすくするための総合的な仕組みを制度化しなかったことがある。
この制度の欠陥を埋めるために、全国各地で多くのNPO法人や任意団体が成年後見等の申立代行や権利擁護の意識の高い成年後見人等候補者の推薦に努力しているものの、十分に対応できているとは言い難い。
中国地方弁護士会連合会は、成年後見等が必要なすべての人に成年後見人等が選任され、適切な援助が受けられるためには、成年後見人等を育成し、支援し、統括する役割を担うとともに本人が虐待を受けたり、家族内に複数の成年後見等が必要で法律、医療、福祉の専門的な知識と判断を要する事案に対応することができ、組織的・継続的な成年後見等を行うために法人後見ができる総合的な機能を持った拠点(権利擁護支援センター(仮称))が必要であると考える。
よって中国地方各地域にその拠点を作るための活動を開始するとともに、国及び地方公共団体に対し各地域の実情に応じて必要な財政措置等を講じることを求める運動を行うことをここに宣言する。
2011年(平成23年)11月18日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 成年後見制度の発足
(1)2000年(平成12年)に新しく成年後見制度が作られた。成年後見制度は、本人の意思を最大限尊重しつつ、その判断能力の不十分な部分を補完することを目指す重要な制度であり、憲法第13条に由来する。
(2)憲法第13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、・・・・国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定する。したがって、国は、国政の上で、高齢や障がいのために判断能力が不十分であるとしても、その持てる能力を最大限尊重することによって、自己決定・自己実現をはかることが求められる。成年後見制度は、本人の能力に応じて、過不足のない「丁度よい」能力の補充を目指さなければならない。
すなわち、かつての禁治産制度の時代のように、「本人の保護」の名の下に、本人の現有能力を考慮せず、本人に取って代わって第三者に全面的に判断をゆだねることは、過度の能力補充であり、個人として尊重される権利の侵害のそしりを免れない。一方、判断能力の不十分さを無視して、十分な検討をすることなく、本人の表面的な意思表示を真意としていたずらに尊重することは、かえって過酷な結果を招き、個人の生きる権利を侵害する場合もある。能力の補充が不足する事態は回避しなければならない。
(3)成年後見制度は、判断能力の不十分な人の現有能力を過不足なく補うことによって、一方でその保護を図りつつ、他方でその能力に応じて個人として自分らしく生きるにふさわしい自己決定を保障することにより、個人として安心・安全に生きることができ、同時に人間らしく尊重される社会を目指すものである。
2 成年後見制度の運用の現状
この成年後見制度が、十分に機能していない現状がある。
(1)成年後見人の選任段階の問題
ア 数的に対応できていないこと
成年後見を必要とする人は、統計上は、全国で、認知症高齢者(208万人 厚生労働省老健局2010年(平成22年)度推計)、知的障害者(55万人 2010年(平成22年)版障害者白書)、精神障害者(323万人 同左)の合計約586万人である。
しかし、現在、成年後見等の申立件数は、全国で2010年(平成22年)は年間3万0079件で、2000年(平成12年)からの累積件数は、約23万1000件(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」)にとどまっている。
成年後見等が必要であるにもかかわらず、成年後見人等が選任されていない現状が、この数字に表れている。(なお、全国の社会福祉協議会が行っている日常生活自立支援事業の利用者は、2010年(平成22年)11月までで累計3万4000件程度(全国社会福祉協議会ウェブサイト参照)であるので、これを加算しても不十分である。)
しかも、2007年(平成19年)に65歳以上の人口が全人口の21%以上を占める超高齢社会に突入した日本において、今後ますます高齢者の割合が増加していくことは周知のとおりであって、現状のような成年後見人等の選任状況では、成年後見制度を利用する必要があるにもかかわらず、利用することができない人がますます増えていくことは容易に予想される。
これに対応するためには、成年後見人等候補者の絶対数を増やす必要がある。そのためには、一般市民が成年後見制度を理解し、自分の親族のみならず他人の成年後見人等に選任されたり、法人後見の補助者として活動することが必要となる。
イ 成年後見人等候補者を見つけにくい事案の存在
事案によっては、成年後見人等候補者が見つけにくい事案があり、成年後見等が申立てられずに放置されたり、成年後見人等の選任が遅れたりしているとの指摘がある。
例を示せば以下のとおりである。
虐待事案
本人が家族から虐待を受けている場合(以下「虐待事案」という。)、家族と分離をした後の年金管理等のため、迅速に成年後見人等を選任する必要がある。また、家族間の紛争に対応するために法律知識が必要となったり、虐待者・被虐待者の精神状態を理解し虐待者・被虐待者に対応するために医療の専門的知見が必要となる場合や、組織的に対応するため法人後見が必要となる場合もある。
現在、高齢者の虐待に対しては、市町村が主体となって対応するものとされている(高齢者虐待防止法第9条)が、弁護士会と社会福祉士会で構成する虐待対応専門職チームが支援を申し入れているにもかかわらず、各地域で対応に温度差があり、十分な連携が取れているわけではない。
市町村が虐待認定する案件は年々増えているが、老人福祉法上の「やむを得ない措置」をとることをためらったり、成年後見等の申立を渋ったりしている案件があることが指摘されている。成年後見等が必要な場合も成年後見人等候補者を見つけにくいとの指摘がある。
2012年(平成24年)10月1日施行予定の障害者虐待防止法第10条においても市町村が主体となって対応するものと規定されているが、同様の問題が生じることが予測される。
複合事案
認知症高齢者の子どもに知的障がいのある場合など、一つの家族内に複数の成年後見等を必要とする人がいる場合(以下、「複合事案」という。)では、一人の成年後見人等では対応が難しく、複数の成年後見人等が選任されかつ相互に連携する必要がある。長年月の成年後見が必要となることが多く、法人後見による組織的かつ継続的な対応が必要となることもある。
しかし、現状は、当事者の一方が放置されたり、双方に成年後見人等が選任されても相互に連携が取れていないことが指摘されている。
財産のない事案
生活保護受給者の成年後見等の場合など、本人に収入・財産のない場合(以下、「財産のない事案」という。)は、果たすべき労力に比して報酬が見込めないことが多いため、成年後見人等候補者が見つけられず、家庭裁判所や市町村の申立担当者が、NPO法人、任意団体、各弁護士会、ぱあとなあ(社会福祉士の団体)、リーガルサポート(司法書士の公益社団法人)などにボランティアとして受任を求めている状況である。
これら虐待事案、複合事案及び財産のない事案、特に前二者については、初期段階において、総合的なコーディネイトの下、適切なアセスメントが行われ、成年後見人等の選任を含む支援計画が策定されるべきである。そして成年後見人等が選任された後も定期的なケース会議等を通じて支援の適切さが検証できる体制の確立が求められる。
(2)成年後見人等の裁判所の監督段階の問題
成年後見人等と、被補助人・被保佐人・成年被後見人(以下、「成年被後見人等」という。)の関係を見ると、親族が58.6%、専門職等第三者が41.4%(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-2010年(平成22年)1月~12月-」)となっている。年々第三者後見の割合が増加しているものの、親族が成年後見人等の重要な担い手となっていることがわかる。
しかし、親族は「他人の事務」を扱う専門家ではないから、何らの支援もないまま「他人の事務」である成年後見等の事務を担うことは大きな負担となり、思わぬ不祥事に発展することもある。
また、成年後見人等が専門職である場合も、普段取り扱わない法律や福祉や医療の知見を求められることがあり、これらについての専門性の不足から他者の支援を必要とする場合も多い。
しかし、現状は、成年後見人等の業務を支援する制度はなく、裁判所の監督があるだけである。しかもその監督は、過不足のない能力補充を行っているかどうかをチェックする身上監護の視点は乏しく、不祥事を防止するための財産管理の監督が中心である。
このような体制である限り、成年後見人等としても、裁判所の監督を受けて、勢い支出を最小限に抑えようとしがちになり、身上監護の観点から、より充実した生活のための支出が必要であっても、これを回避する結果になりかねない。
このように、成年後見人等を支援する体制がないままに、裁判所の監督のみ存する現状では、自己決定に基づく自己実現を図る新しい成年後見制度の理念を実現することは到底不可能であるといわざるを得ない。成年後見人等を支援する制度が必要である。
(3)成年後見等に関する他の制度の不十分
ア 市町村長申立について
市町村長は高齢者、知的障がいのある人、精神に障がいがある人で判断能力が不十分と判断される人については、その福祉を図るために必要がある時には成年後見人等の選任の審判を請求することができる。(老人福祉法第32条、知的障害者福祉法第28条、精神保健福祉法第51条の11の2)
市町村長による申立件数も、年々増加の傾向にあり、申立経験を持つ市町村も年々増加している。
しかし、その総数は1万2060件(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」の2000年(平成12年)から2010年(平成22年)度までを集計したもの)に留まっている。
イ 成年後見制度利用支援事業について
同事業は、資力の乏しい人に対し、成年後見人の申立費用や報酬を助成する制度である。成年後見人の業務を支援する制度ではない。
国が2分の1、都道府県と市町村が4分の1ずつ負担するという仕組みになっており、市町村条例で助成の具体的な要件が定められるが、「市町村長の申立事案に限る」という要件を課している市町村が多く、利用される件数が少ないと指摘されている。また予算化される額が低いとの指摘もされている。
厚生労働省は2010年(平成22年)12月に「2012年(平成24年)4月1日までに同事業が地域生活支援事業の必須事業に格上げすること」としたが、上記問題は残っている。
3 対応するために必要な機能・機関
成年後見制度の現状は、全ての高齢者・障がいのある人が自分らしく生きるために活用されているとは言い難い状況である。成年後見等が必要な人に成年後見人等が選任され、適切な支援が受けられるためには、少なくとも以下の機能を備えた総合的な拠点(「権利擁護支援センター」(仮称))が、各地域に必要である。
成年後見人等を育成及び支援する機能
2012年(平成24年)4月1日施行予定の改正老人福祉法第32条の2は「市町村は、前条の規定による(成年後見等の開始及び成年後見人の選任)審判の請求の円滑な実施に資するよう、成年後見等の業務を適正に行うことができる人材の育成及び活用を図るため、研修の実施、後見等の業務を適正に行うことができる者の家庭裁判所への推薦その他の必要な措置を講ずよう努めなければならない。」と規定している。この規定が単なる努力義務に終わることなく現実の施策としていかなければならない。
また、障がいのある人の成年後見等においても同様の施策がとられるべきである。
具体的には、一般市民や親族後見の経験者向けの講座を開設し、一定の研修を終了した後、法人後見の専任職員の補助員として実務を習得させ、将来的に市民成年後見人等候補者となる市民を育成し、支援するための役割を担う組織が必要である。
さらに言えば、上記改正に加えて、現に成年後見人等に選任されている人向けの講座や相談窓口を設け、支援する組織が必要である。
虐待事案や複合事案について相談を受け総合的に支援する機能
法律・福祉・医療・保健等の専門的な知識と判断を要する虐待事案や複合事案については、初期の相談の段階から、整理・振り分けして必要な関与者を選定し、関係機関との連携を図りながら、成年後見等の申立も含めて支援計画を立案・実施し、その後を検証することができなければならない。
そのためには「虐待」「成年後見」に関するあらゆる相談を受け付けることができ、法律・福祉・医療・保健などの専門職の援助を受けながら、総合的にコーディネイトし、支援計画を立案・実施し、検証する機能を持った組織が必要である。
組織的・継続的に成年後見等を行う機能
虐待事案、複合事案、財産のない事案に対してすみやかに成年後見人等を選任し、組織的・継続的に成年後見等の業務を行うには法人による成年後見等が適切と考えられる。
このような法人による成年後見等の業務が持続的に適正に行われるためには、法人の財政的基礎の確立とりわけ専任職員を雇用する財政的な裏付けが必要であり、法律・福祉・医療等の専門職による法人の専任職員に対する援助が必要である。
4 弁護士会や弁護士の動き
(1)日本弁護士連合会は、2009年(平成21年)度に日弁連高齢社会対策本部を立ち上げた。日本が超高齢社会になったことを契機に、各地に「高齢者支援センター」を立ち上げようというものである。日本弁護士連合会は、地域の実情を考慮しつつ同センターの標準事業案を設定し、各弁護士会は2012年(平成24年)度からこれを実行しようとしている。
当連合会も、中国地方弁護士大会において、2008年(平成20年)度には「高齢者虐待防止のために幅広い専門職とのネットワーク活動の強化を求める決議」を、2010年(平成22年)度には「高齢者支援センターの設置及び運営充実に関する決議」をそれぞれ採択している。
(2)各地域の弁護士が、権利擁護のためにNPO法人や任意団体の一員となって、積極的に本人の意思の尊重・自己実現のために、成年後見等の業務を行っている例もある。
しかし、もともと受任するか否かは自由であるので、虐待事案・複合事案・財産のない事案の場合に、網羅的に成年後見人等が選任がなされるわけではない。
(3)なお、高齢者支援センターは、権利擁護支援センター(仮称)に相談をつなぐ役割を果たすことになる。
高齢者支援センターで受けた相談から、虐待事案・複合事案・財産のない事案があったとき、権利擁護支援センター(仮称)の相談窓口につないで、総合的な援助を受けることになる。
5 全国の各地域の実情の違い
(1)全国の中には、いち早くこれらの問題を自覚し、公的に権利擁護支援センター(仮称)を設置している地域もある。
(芦屋市権利擁護支援センター、知多地域成年後見センターなど)
(2)しかし、多くの地域は、未だNPO法人や任意団体のボランティアとしての活動に頼っている。そのNPO法人や任意団体が、成年後見等の申立代行や権利擁護の意識の高い成年後見人等候補者を推薦するなど、権利擁護支援センターの3つの機能の内の全部又は一部を担っている地域もあれば、ほとんどない地域もある。いずれにしても、公的な制度ではない以上、受任は任意であるから、全ての高齢者・障がいのある人が必要に応じて安心して成年後見等を受けることが保障されているとは言いがたい実情がある。
(3)したがって、国や地方公共団体は、各地域の実情を調査し、各地域の中で権利擁護支援センター(仮称)の機能を果たす機関が実効的に活動しているか否かを吟味することが望まれる。
そして、そのような機関(拠点)がない場合は、社会保障的観点から、その足らない機能を補うべく、その拠点作りのための財政措置など、さまざまな措置を検討し、実行すべきである。
6 結論
上記の現状に鑑み、当連合会は、成年後見等が必要なすべての人に成年後見人等が選任され適切な援助が受けられるためには、成年後見人を育成し、支援し、統括する役割を担うとともに本人が虐待を受けたり、家族内に複数の成年後見等が必要で法律、医療、福祉の専門的な知識と判断を要する事案に対応することができ、組織的・継続的な成年後見等を行うために法人後見ができる総合的な機能を持った拠点(権利擁護支援センター(仮称))が必要であると考える。
よって中国地方各地域にその拠点を作るための活動を開始するとともに、国及び地方公共団体に対し各地域の実情に応じて必要な財政措置等を講じることを求めるべきである。
以上の理由から、本宣言を提案するものである。
以上