中弁連の意見
司法制度改革審議会の最終意見を受けた刑事司法改革を実現するものとして、2004年(平成16年)5月21日、国会において、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」と「公判前整理手続」を内容とする「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」が成立した。
そして、2005年(平成17年)11月には、改正後の刑事訴訟法(以下「改正刑事訴訟法」という。)の公判前整理手続に関する部分が施行され、2009年(平成21年)5月までには、いよいよ、刑事裁判に国民が参加する裁判員制度が開始する。
これらの制度改革は、われわれの長年にわたる取り組みの成果であるが、その一方、その内容には、全面的証拠開示が認められないことや、取調べの過程の可視化が実現していないなどの不十分さがあることは否めない。また、われわれにとってもかって経験したことのない新しい制度改革であるがゆえに、今後の運用いかんによっては、被告人の人権保障の観点がないがしろにされたり、軽視される可能性を否定できない。
われわれは、上記刑事司法改革が、その本来の趣旨である、国民の司法参加による刑事裁判の「口頭主義」「直接主義」「公判中心主義」の実現につながるよう研鑽を積むとともに、公判前整理手続の運用において、刑事司法の諸原則である「被告人の無罪推定の原則」をはじめとする被告人の人権を守るための刑事適正手続が十分に保障されるよう最大限の努力を尽くすことを宣言する。
2005年(平成17年)10月14日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 はじめに
(1)司法制度改革審議会は、我が国刑事司法を、国民の期待に応えその信頼を確保しうるものとするために、「公判前の新たな準備手続の創設、直接主義・口頭主義の実質化など刑事裁判の充実・迅速化」などを提言するとともに、刑事司法の国民的基盤の確立のために、「裁判員制度」の導入を提言した。
そして、刑事裁判の充実・迅速化に関して、「審理の充実・迅速化のためには、早期に事件の争点を明確化することが不可欠である」こと、さらに「証拠開示については、これまで最高裁判例の基準にしたがった運用がなされてきたが、その基準の内容や開示のためのルールが必ずしも明確でなかったこともあって、開示の要否をめぐって紛糾することがあり、円滑な審理を阻害する要因のひとつとなっていた」ことを指摘し、公判前整理手続の創設と、証拠開示の拡充を求めた。
(2)これを受け、国は、2004年(平成16年)5月21日、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下「裁判員法」という)「刑事訴訟法の一部を改正する法律」(以下「改正刑訴法」という)を成立させ、これに基づき、2005年(平成17年)11月には、「公判前整理手続」が開始し、2009年(平成21年)5月までには、裁判員制度が開始することとなった。
(3)市民の司法参加の制度の実現は、日弁連の長年の取り組みの成果であり、国民の健全な常識を裁判の場に反映させ、司法の国民的基盤を実現する画期的な制度である。そして、このように市民が司法に参加することによって、裁判が口頭主義や直接主義、公判中心主義となり、わかりやすい裁判が現実のものになるという期待をわれわれに抱かせるものであった。
一方、日弁連は、憲法第31条が定める適正手続をはじめとする被告人の権利を確保する観点から、公判前整理手続の導入に際しては、被告人の防御権を確保・充実させるという観点を反映させるよう努力してきた。
(4)しかしながら、改正刑訴法の公判前整理手続の規定の内容は、残念ながら、日弁連の意見が必ずしも十分に取り入れられたものではない。
たとえば、公判前整理手続における裁判所の関与に関しては、日弁連は、予断排除のために、受訴裁判所以外の裁判所が行うことを求めてきたが、争点整理の充実のためという理由で、退けられ、受訴裁判所がおこなうものとされた。そして何よりも、日弁連が強く求めていた全面的証拠開示については、罪証隠滅・プライバシーの保護といった観点から、開示される証拠は限定される結果となり、取調べの可視化については、「将来の検討課題」にとどまり、法文上規定されなかった。
その結果、公判前整理手続の実際の運用にあたっては、「裁判員の負担の軽減」が被告人の刑事手続きにおける権利に優先することにならないか、又、迅速化や争点整理を重視するあまり、公判において充実した審理が行われなくなるのではないかといった懸念がある。
2 公判前整理手続の問題点
公判前整理手続の導入に伴い、同手続への被告人の出頭の是非、検察官提出の証拠に対する意見、不同意の証拠に代わる合意書面の導入の是非などのほかに以下のような問題点があげられている。
(1)証拠開示の範囲が限定的に解釈され、運用されてしまうおそれ
改正刑訴法では、公判前整理手続における証拠開示に関し、類型証拠開示(法316条の15)、争点関連証拠開示(法316条の20)の規定が設けられることとなった。
類型証拠は、一定の類型に限定列挙されている上、証拠開示は、被告人の防御の「必要性」のみならず、開示によって生じる「弊害等を考慮」し、「相当と認めるとき」に限って認められ、かつ、その必要性・相当性の判断は第一義的に検察官が行うこととなっていることから、開示される範囲が限定的に解釈されるおそれが高い。
(2)民事裁判的な争点整理が行われるおそれ
公判前整理手続においては、争点の絞り込みや公判の迅速さを求めるあまり、裁判所・検察官から、公訴事実、さらには検察官の証明予定事実につき個別に認否や主張の明示を求められる可能性が強く、結果的に、現在民事訴訟で行われている争点整理と同様の手続が行われる危険がある。
この点、刑事裁判においては、争いがない部分についても証拠に基づく事実認定が必要となるとはいえ、認めた部分についての厳格な事実認定が疎かになる危険性があるとともに、認否をした後に、争う必要が出てきた場合に、認否をしたがために、主張・立証が事実上制限されてしまうおそれがある。
(3)公判段階での主張・立証活動が過度に限定されるおそれ
法316条の32は、公判前整理手続終了後においては、「やむを得ない場合」を除いて、証拠調べを請求することができないと規定する。
しかしながら、被告人が、事件に関して常に合理的な説明ができるわけでないことや、被告人の記憶には曖昧な場合もあり、実際には、審理を進めるうちに、被告人の言い分や事件の真相・争点がわかってくる場合のあることは、弁護人にとってよく経験するところである。
そして、仮に「やむを得ない場合」を狭く限定的に解釈した場合、被告人の防御権を著しく侵害することになり、一方、弁護人にとっても、過大な責任を負うことになりかねない。
3 弁護人として公判前整理手続にどう取り組むか
(1)証拠開示は、単に第1回公判に向けての充実した争点整理を実現させるといった機能を果たす制度にとどまらず、被告人の防御権に直接影響を与える制度である。
したがって、このような被告人の攻撃防御の観点からすると、捜査機関の有する証拠については、罪証隠滅等が現実的・具体的に行われる可能性が極めて高いといった例外的な場合を除き、原則として全面的に開示を受けた上で、争点を整理・確認し、第1回公判に臨むことこそが必要であり、弁護人は、積極的に類型証拠・争点関連証拠の開示を求め、検察官が開示しない場合には、裁判所に、開示命令を求めたりすることが必要である。
(2)公判前整理手続の規定においては、事件に関する認否につき、特別の規定を設けていないことからすると、認否が義務的なものでないことは明らかである。そこで、弁護人としては、上記のような裁判所・検察官からの具体的な認否の要求に対しては、安易に応じることのないようにしなければならない。
(3)また、「やむを得ない事由」の点については、被告人の防御権が十分に確保されるよう公判段階で主張・立証していくべきである。
なお、立法段階では、公判段階での新たな主張について制限する案も提出されたが、日弁連からの強い反対意見により、主張に関しては規定からはずされたという経緯がある。そこで、弁護人としては、公判段階の新たな主張立証の必要が生じた際には、このような経緯を十分に念頭において、積極的に主張し、立証する活動を行っていくべきである。
4 まとめ
そこで、われわれは、上記刑事司法改革が、その本来の趣旨である、国民の司法参加による刑事裁判の「口頭主義」「直接主義」「公判中心主義」の実現につながるように努力するとともに、公判前整理手続の運用において、刑事司法の諸原則である「被告人の無罪推定の原則」をはじめとする被告人の人権を守るための刑事適正手続を十分に保障するよう最大限の努力を尽くすことを、大会の総意をもって、宣言する。