中弁連の意見

議   題

鳥取県弁護士会

刑事手続における知的障がい者の権利に関する提言

 

 国は、早急に以下の立法を行うべきであり、捜査機関は、法整備がなされるまでの間にも、同様の措置をとるべきである。

  1.  被疑者が知的障がいのある者(以下、「知的障がい者」という。)の場合は、取調べを実施する際に常に録画による記録を行い、被疑者および弁護人の権利として、弁護人の取調べの立会いを認めること
     
  2.  被害者および参考人が知的障がい者の場合は、取調べを実施する際に、被害者および参考人が、その保護者または弁護士の立会いを求める権利および取調べ状況の録画または録音による記録を選択する権利を認めること

提案理由

1 はじめに

 本提言における「知的障がい者」とは、知的機能の障がいが発達期までに現れ、日常生活に支障が生じているか、何らかの特別の援助を必要とする者をいう。

 知的障がい者が、取調べを受ける場合、取調官の知的障がい者に対する無知や無理解などにより、知的障がい者に対する人権侵害や、誤判の原因となることが危惧されるので、取調べにあたっては以下の点が考慮されなければならない。

 

2 知的障がい者の取調べにおいて発生しうる問題

 知的障がい者の場合、その発達の程度によってさまざまな段階があり一概には論じられないが、一般的には、抽象的思考を行うことが難しい傾向がある。そのため、取調官の質問の意味をよく理解できず、質問への応答が適切でなかったり、一貫しなかったりすることが多い。また、取調官が知的障がい者の発言を誤解し、真意とは異なる調書が作成されることも十分予想される。

 また、知的障がい者は、集中力が途切れやすい傾向があり、長時間とはいえない取調べであっても、真意に反しあるいは真実に沿わない供述をするおそれがある。
 さらに、知的障がい者は、会話の相手方が優越的地位にある場合には、迎合的な態度を取ったり、暗示を受けたりする傾向がある。その結果、取調官による誘導尋問や誤導尋問、弾劾的な尋問の意味を理解できないまま、知的障がい者の真意や客観的真実に程遠い調書が作成されるおそれは極めて高い。

 以上のような問題については、「取調べの心理学 事実聴取のための捜査面接法」(R・ブル R・ミルン共著 原聰編訳 北大路書房刊)において、指摘されているところである。

 

3 刑事手続における知的障がい者に対する人権侵害のおそれ

 以上のような取調べにおける問題により、知的障がい者は刑事手続において、重大な人権侵害にさらされるおそれがある。

(1)知的障がい者が被疑者の場合には、取調官が自白を得ることに執着する結果、知的障がい者に対して、過大な圧力をかけたり、誘導尋問や誤導尋問を行ったりすることによって、その真意に沿わない自白調書が作成される危険がある。知的障がい者にとって、接見を中心とする従来の被疑者弁護活動によっては、黙秘権の行使などの被疑者の諸権利の行使が難しく、任意性を欠く自白調書の作成を防止することはできない。現状の取調べにおいては、知的障がいのある被疑者の人権が侵害される危険性は極めて高い。

(2)知的障がい者が被害者の場合には、取調官がその真意を理解できないことにより、被害を訴える知的障がい者の供述の信用性が不当に低く評価され、加害者に対して適正な処罰がなされず、被害が回復しないおそれがある。加害者が正当に処罰されない結果、知的障がい者に対する(特に性)犯罪が助長され、人権侵害が防止できないおそれがある。さらに、被害者としての配慮を欠いた取調べによって、二次的被害を受けるおそれもある。

(3)知的障がい者が参考人である場合にも、取調べを受けることの負担は大きい。取調官が当該事件の被疑者に不利な供述を引き出そうとするあまり、誘導尋問などが行われ、真意とは異なる供述調書が作成されるのであれば、知的障がい者の人格権が侵され、自由な供述が妨げられることになる。このようにして作成された供述調書は、当該事件の被疑者の冤罪の温床になりかねないものである。

 以上のように、知的障がい者の刑事手続上の立場にかかわらず、重大な人権侵害が発生する危険は大きい。

 

4 取調べ状況の録画・録音および弁護士の立会いの必要性

(1)被疑者が知的障がい者の場合  上記のような人権侵害を防止するため、知的障がい者が被疑者の場合には、取調べの過程を録画によって記録し、適正な取調べが行われているか否かを監視するとともに、事後的に取調べの過程を検証できるようにされなければならない。
 「取調べの可視化」は、現在、知的障がい者に限らず、被疑者一般についても、その必要性が叫ばれている。密室における取調べが、虚偽供述の強制などの不当な取調べを多数誘発し冤罪の温床となっている。加えて、取調べの可視化の実施が、西欧諸国のみならず、アジア諸国も含めて世界的潮流になっており、その必要性は明らかである。2004年度中国地方弁護士大会においても、「取調べの可視化を求める決議」が採択されている。
 しかし、知的障がい者の場合は、前述のとおり、取調官の違法ないし不当な尋問や、被疑者の諸権利行使の困難により、常に虚偽自白の調書が作成される危険があり、取調べの可視化の必要性、緊急性は特に高い。
 また、知的障がい者の被疑者については、取調官による過度の圧力を排し、黙秘権などの被疑者の諸権利を行使することを補助する必要から、取調べを受ける際には、被疑者および弁護人の権利として、弁護人の立会権が認められるべきである。

(2)被害者および参考人が知的障がい者の場合
 知的障がい者が被害者や参考人の場合も、その保護者や弁護士の立会いを、知的障がい者の権利として認めることによって、取調べを受ける負担を軽減し、二次的被害の発生を防止し、取調官とのコミュニケーションを補助する必要がある。
 また、加害者に対する適正な処罰がなされ、被害者および参考人の供述の信用性について適正な審理を確保するために、知的障がい者の取調状況の録画や録音による記録を選択する権利が認められるべきである。

 

5 結論

 したがって、知的障がい者に対する人権侵害を防止するため、国は、上記のとおりの法整備を速やかになすべきである。また、法整備がなされるまでの間、捜査機関は、現行法の運用においても、同様の措置をとるべきである。

 

以上