中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、身体拘束されている被疑者及び被告人の権利を擁護するため、法務省及び警察庁に対し、
1 弁護人又は弁護人となろうとする者が迅速かつ容易に被疑者及び被告人と接見をすることができるよう、女性被留置者の集中留置施設を適正に配置すること及び拘置支所の廃止や収容業務停止を行わないこと
2 弁護人又は弁護人となろうとする者が、被疑者及び被告人とビデオ会議システム等のオンライン接見が早期に実現できるようにするための法整備を進めること
を求める。
以上のとおり決議する。
2023年(令和5年)10月27日
中国地方弁護士大会
提案理由
第1 接見交通権の保障
1 接見交通権は、憲法第34条前段の保障に由来するものであり、身体拘束された被疑者及び被告人(以下「被疑者等」という。)が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの1つである。
いくら憲法の保障に由来する重要な権利とはいっても、現実に被疑者等が弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と迅速かつ容易にアクセスできない客観的状況であれば、その権利は保障されていないに等しい。
2 各地域における法律事務所の所在地の分布によっては、少年や女性被留置者が特定の留置施設に集中留置されたり、拘置支所が廃止ないし収容停止となったりすることで、最寄りの法律事務所から勾留場所へのアクセスが極めて困難となる場合がある。
被疑者等が弁護人等と迅速かつ容易に接見でき、弁護人等から適切な助言を得られる状況にあることは、接見交通権の実質的保障における最低条件となるものである。
3 また、遠隔地にいる弁護人等が被疑者等とビデオ会議システムを利用して接見したり、電子データ化された書類の授受を行ったりすることも、現代のIT技術をもってすれば容易に実現できるものである。現に民事訴訟手続においては、ウェブ会議システムを利用して、弁論準備手続期日が開かれたり、書類の提出がなされたりしている。
オンライン接見の実現は、離島や遠隔地などもともと迅速かつ容易に接見が実施できない場合だけでなく、諸事情により留置施設や拘置支所が適正に配置されない状況となった場合においても、弁護活動を場所的制約から解放し、留置場所における対面での接見を補完するものとして、被疑者等の権利の保障に資することとなる。
第2 留置施設や拘置支所の適正配置
1 琴浦大山警察署(鳥取県)における女性被留置者の集中留置
(1)鳥取県の留置施設の現状
鳥取県内においては、2023年(令和5年)3月までは、被疑者等は男女とも、勾留場所となる警察署に留置されていたが、同年4月以降、女性被留置者については琴浦大山警察署に集中留置されることとなった。鳥取県は東西に長く、大きく3つの地域に分けると、鳥取市を中心とする東部地区、倉吉市を中心とする中部地区、米子市を中心とする西部地区に分けられる。鳥取県内には、鳥取地裁本庁(鳥取市)の他、鳥取地裁倉吉支部(倉吉市)、鳥取地裁米子支部(米子市)が存在し、各裁判所周辺に法律事務所が多く存在する。また、被疑者等を勾留することができる警察署は、本庁管内に鳥取警察署、倉吉支部管内に倉吉警察署、米子支部管内に米子警察署がそれぞれ存在する。現在、女性被留置者が集中留置されている琴浦大山警察署は、中部地区にあたる倉吉市のやや西側、東伯郡琴浦町に存在する。琴浦大山警察署と各地区の裁判所とは、鳥取地裁本庁で約59km、倉吉支部で約22km、米子支部で約34km離れている。
これまで、鳥取警察署、倉吉警察署及び米子警察署に留置された被疑者等であれば、各地区の弁護士は十数分で接見場所に赴くことができたにもかかわらず、女性被留置者が琴浦大山警察署に集中留置されたことにより、接見に相当の時間を要することとなった。
(2)女性被留置者の集中留置の理由
女性被留置者を集中留置することとなったのは、女性被留置者の人権を擁護するための管理運営上の問題とのことである。警察署の職員による女性被留置者に対するわいせつ事案の発生を未然に防止し、女性被留置者の人権を擁護するためという理由で、女性被留置者は女性の留置管理課職員が常駐する留置施設に集中留置することとされているようである。
(3)鳥取県における女性被留置者の集中留置の特殊性
女性被留置者の集中留置が実施されるのは、むしろ全国的な流れであり、全国的にも2022年(令和4年)時点で女性被留置者の集中留置がなされていない都道府県は、山陰両県(鳥取県と島根県)と四国地方のみであった。そして、2023年(令和5年)4月からは、鳥取県と島根県でも女性被留置者の集中留置が開始されることとなった。
女性被留置者の集中留置は、弁護士の多い本庁管轄区域内か、それに近い警察署においてなされることが多い。しかしながら、鳥取県においては、前記(1)で述べたとおり、女性被留置者の集中留置施設は、鳥取地裁本庁から約59kmも離れた場所にあり、県内ではその1か所のみである。鳥取県内の本庁及び支部のいずれからも数十km離れており、集中留置施設の選定として適切であるかどうか疑問である。
鳥取県と同じく東西に長い島根県では、東部と西部にそれぞれ1か所ずつ集中留置施設を設置している。そこで、鳥取県においても島根県と同様に、東部と中西部にそれぞれ1か所ずつという配置も検討されて然るべきである。にもかかわらず、鳥取県において集中留置施設が琴浦大山警察署のみとされているのは、集中留置施設の留置管理課に常駐させる女性警察官の数が十分に確保できていないためである。
もともと警察の不祥事対策として、女性被留置者の集中留置を開始するのであれば、接見交通権の保障の観点から、弁護人等による接見が困難とならないよう、集中留置施設の設置場所を検討し、人員体制を十分に確保すべきである。
(4)地方の小規模弁護士会の特殊性
全国的に見れば、接見先の警察署が法律事務所の所在地から数十km程度離れていることは、決して珍しいことではない。
しかしながら、小規模弁護士会においては接見に直ちに対応できる弁護士の数が少ない。特に、鳥取県弁護士会は、所属弁護士数が都道府県単位としては全国で最小の72名であり、その内訳は東部地区33名、中部地区7名、西部地区32名である(2023年(令和5年)7月1日現在)。全県下の弁護士が可能な限り刑事弁護に関与し、被疑者等の権利擁護及び弁護活動に尽力している。
鳥取県内の被疑者国選弁護事件は、当該事件の捜査実施署の所在地を管轄する裁判所の地区の弁護士に打診されることとなっている。女性被留置者は、中部地区である琴浦大山警察署に集中留置されているものの、当該事件の捜査実施署が東部地区や西部地区の警察署であれば、東部地区や西部地区の弁護士が被疑者国選弁護人に選任されることとなる。
そのような状態で、女性被留置者を本庁や各支部から離れた場所に集中留置することは、そもそも対応できる弁護士数が少ない鳥取県弁護士会においては、身体拘束後の迅速な接見や充実した弁護活動を困難にするものである。
2 宇部拘置支所(山口県)の収容業務停止
(1)山口県の拘置支所の現状
山口県の宇部拘置支所に関しては、2023年(令和5年)4月に被疑者等の収容業務を停止し、同拘置支所に勾留されていた被疑者等は、下関拘置支所に勾留されることとなった。
山口地裁宇部支部から宇部拘置支所への移動時間は数分であり、山口地裁宇部支部管内に所在する弁護士は、宇部拘置支所に勾留された被疑者等と迅速かつ容易に接見をすることができた。
しかしながら、山口地裁宇部支部と下関拘置支所とは、約55km離れており、車で60分を要することとなった。
(2)宇部拘置支所の収容業務停止の問題点
宇部拘置支所の収容業務停止は、専ら効果的な組織の確立、職員負担の軽減と平準化等の観点からのみ検討され、決定されており、収容業務停止による刑事手続への影響や接見交通権の制約等に関しては十分に検討がなされていない。
宇部拘置支所は、主として宇部警察署及び山陽小野田警察署管内の身体拘束事件の勾留場所として活用されていたものであり、収容業務が停止された場合の影響は極めて大きい。現に、宇部拘置支所の収容業務停止に関しては、山口県弁護士会から会長声明が発出されただけでなく、宇部市議会、山陽小野田市議会、山口県議会がそれぞれ党派を超えて、宇部拘置支所の収容業務の継続を求める意見書を採択している。このように、宇部拘置支所は、地域住民のための重要なインフラであって、その管理運営は国の責任のもと行われなければならないものである。
法務省矯正局の組織運営や職員負担等、国側の都合のみによって、地域住民にとって必要なインフラが失われ、弁護人等と被疑者等との接見が物理的に困難な状況に陥らせられるいわれはない。
3 接見交通権の侵害
以上より、留置施設や拘置支所は適正に配置されている必要があり、弁護人等が被疑者等との迅速な接見を妨げることとなるような場所に特定の被疑者を集中留置したり、拘置支所の収容業務を停止したりすることは、被疑者等に認められた接見交通権を実質的に侵害するものである。
よって、被疑者等の接見交通権を実質的に保障するとともに、弁護人等の弁護活動に支障が生じないよう、留置施設や拘置支所を適正に配置することを強く求める。
第3 ビデオリンク方式を用いた接見(以下「オンライン接見」という。)
1 オンライン接見の権利性
現在、法制審議会の刑事法(情報通信技術関係)部会(以下「本部会」という。)では、刑事手続のIT化の議論がなされている。
本部会では、オンライン接見を刑事訴訟法第39条第1項の接見として位置付けることが検討されている。
現代のIT技術からすれば、遠隔地にいる弁護人が被疑者等とビデオ会議システムを用いて接見をすることは容易であるものと思われる。民事訴訟手続のIT化が徐々に進んでいる中、刑事手続においてIT化を図らない理由はない。
すなわち、現代社会においては、オンライン接見も刑事訴訟法第39条第1項の接見交通権の行使に含まれるものと解すべきであり、権利性を有する法律上の制度として、法制審議会を経て制定され、国家予算を投じて運営されなければならないものである。
2 オンライン接見の必要性
オンライン接見に対しては、本部会において、その実現のための人的・経済的コストの負担、なりすまし等の危険、その必要性がない等の消極理由が挙げられている。
しかしながら、オンライン接見に権利性が認められるべきとする立場からは、国費を投じて人的・物的整備を行うのは当然のことである。アクセスポイント方式を採用した現行の電話連絡制度や電話による外部交通制度において、なりすましや証拠隠滅を図るなどの報告はなく、何ら問題なく運用されているものであり、なりすまし等の危険については杞憂である。
また、必要性については、日本弁護士連合会の国選弁護本部で、全国の弁護士会にオンライン接見のニーズの調査を実施したところ、拘置支所の廃止や収容業務停止、女性被留置者や少年等の集中管理、支部における人員不足等、その理由は異なれど、オンライン接見の必要性を唱える弁護士会が大多数を占めた。この調査結果から、全国的にオンライン接見のニーズが存在することは明白な事実である。
3 オンライン接見の補充性
オンライン接見は、弁護人等と被疑者等が場所的制約を受けることなく、即時に接見や書類の授受が可能となる。特に、逮捕直後の被疑者に対する権利告知であったり、至急、被疑者等に伝えなければならないことがあったりした場合には、極めて有効な通信手段となる。
もっとも、弁護人と被疑者等との信頼関係構築の観点からは、実際の身体拘束場所における対面での接見に勝るものはない。オンライン接見がいかに便利な手段であろうと、弁護活動が易きに流れるようなことがあってはならず、弁護人は可能な限り、被疑者等の身体拘束場所に赴いて、不慣れな環境に置かれ不安に陥っている被疑者等の心理的サポートに努めるべきである。あくまで身体拘束場所における対面での接見が原則であり、オンライン接見は補充的な接見方法であると位置付けられなければならない。
オンライン接見が法制化され、それが全国的に実施されるようになったとしても、留置施設や拘置支所の統廃合や収容業務停止がなされてよいというわけではなく、留置施設や拘置支所の適正配置は依然として強く要請されるものである。
4 よって、身体拘束場所における対面での接見を補完し、被疑者等の接見交通権を実質的に保障する手段として、オンライン接見が可能となる法整備を進めることを求める。
第4 結語
憲法上保障された接見交通権の実現という観点から、弁護人等が、被疑者等の勾留場所において対面で、適時に迅速かつ容易に接見をすることが可能でなければならず、そのために留置施設や拘置支所は適正に配置されなければならない。
もっとも、留置施設や拘置支所の管理運営上の問題や建物の老朽化等を理由に、従来の身体拘束場所での接見ができなくなり、弁護人等がより遠方の身体拘束場所に赴かなければならなくなる事態は現実に生じており、そのような事態は今後も想定される。そこで、被疑者等が場所的制約を受けることなく、弁護人から必要なときに必要な助言を受けうる状態にあることが、接見交通権の実質的保障の観点から求められるものであり、そのためにはオンライン接見の実現が急務である。
よって、弁護人等が、迅速かつ容易に被疑者及び被告人と接見をすることができるよう、女性被留置者の集中留置施設を適正に配置すること及び拘置支所の廃止や収容業務停止を行わないことを求めるとともに、被疑者等とビデオ会議システムを用いた接見ができるようにするための法整備を進めることを強く要望する。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上