中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、これからの消費者教育の充実を目指し、以下の事項を求める。

 

  1.  国、中国地方各県、中国地方各県の教育委員会及び消費生活センターにおいて、高等学校の現場で、弁護士と連携して、消費者教育に関する施策を講じ環境整備を推進すること
     
  2.  国及び中国地方各県において、教育委員会や消費生活センター等関係機関と協力して行う、高等学校の現場における弁護士による消費者教育の実践や、適切な教材の作成等に対し、必要な予算措置を講じること
     
  3.  中国地方における各弁護士会において、高等学校の現場と連携して、より一層の消費者教育の推進に努めること

 

以上のとおり決議する。

2021年(令和3年)11月26日
中国地方弁護士大会

提案理由

1 高校生に対する消費者教育の必要性

(1)消費者被害の防止

 18歳、19歳といったいわゆる若年者は、知識・経験・判断能力の乏しさから、情報を取得し交渉の上契約をすることが難しく、人間関係の影響の受けやすさから、消費者被害が拡大する傾向にあると言われている。

 現行民法では、18歳、19歳の若年者を含む未成年者は、法定代理人の同意を得ずに単独で意思表示を行った場合に、未成年者であるという事実だけをもって原則として意思表示を取り消すことができる。

 この未成年者取消権制度は、判断力に乏しく社会経験が未熟な未成年者を制限行為能力者として一律に保護するものであり、契約関係から容易に離脱させることができるため、未成年者の保護に大きな力を発揮してきた。

 しかし、2022年(令和4年)4月1日の成年年齢の引下げに伴い、未成年者取消権を行使できる年齢が、18歳未満に引き下げられることとなり、従前保護をされていた18歳や19歳の若年者は、成人として、消費活動から生ずる様々な危険に対処しなければならなくなった。

 成年年齢の引下げが間近に迫るなか、若年者の消費者被害の防止・救済の観点から、未成年者取消権に代わる制度の創設が求められていたものの、実現には至っていない。

 このため、とりわけ成人が間近に迫っている高校生に対して、消費者被害の実態を知るだけではなく、物事を多面的に捉えるため批判的に考えるスキルである批判的思考力を身につけさせるなど、悪質商法被害や契約トラブルに関する実践的かつ即効性のある消費者教育を実施することが急務である。

 

(2)消費者市民社会の実現

 2012年(平成24年)12月に、消費者教育を推進すべく、消費者教育の推進に関する法律(いわゆる消費者教育推進法)が施行された。それにより、消費者に対し、自立した消費者として行動することができるよう、また、主体的に消費者市民社会(「消費者が、個々の消費者の特性及び消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会をいう。」(同法第2条第2項))の形成に参画することができるような教育を行うことが求められることとなった。

 すなわち、消費者教育においては、消費生活に関する知識の習得及び適切な行動に結びつける実践的な能力の育成のみならず、消費者が、個々の消費者の特性及び消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画するという意識を形成させることが必要となる。

 2015年(平成27年)9月の国連サミットにおいても、加盟国の全会一致で、持続可能な開発目標「SDGs」(Sustainable Development Goals)を中核とする持続可能な開発のための2030アジェンダが採択された。

 そこでは、17の目標やアジェンダが、人間、地球及び繁栄のための行動計画であり(前文第1段)、2030年(令和12年)までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにすること(目標4のターゲット7)や、2030年(令和12年)までに、人々があらゆる場所において、持続可能な開発及び自然と調和したライフスタイルに関する情報と意識を持つようにすること(目標12のターゲット8)などが目標やターゲットとして定められた。このような目標やターゲットの実現に向け、活性化された「グローバル・パートナーシップ」すなわち、政府や民間セクター、市民社会、国連機関、その他の主体及び動員可能なあらゆる資源を動員・関与の下、地球規模レベルでの集中的な取り組みをすることが求められている(宣言39、41、目標17、実施手段とグローバル・パートナーシップ60など)。

 このように、国内外において、消費をめぐる課題解決に向けた世界規模での取り組みが求められていることに鑑み、成年年齢の引下げに備えて実施される消費者被害防止のための教育の機会を有効活用して、高校生に対して、消費者市民社会の実現、ひいてはSDGsを中核とする持続可能な開発目標やアジェンダの達成に向けた教育を実施することが肝要である。

 高校進学率が約98%となっている現在、高校生を対象とした教育を実施することは、成人として間もなく主体的能動的に消費行動を開始する多くの人々に、消費をめぐる課題を認識し、その解決方法について考えるための教育を一斉に提供する絶好の機会である。

 

(3)小括

 以上のとおり、高校生に対して、消費者被害の防止のための教育が急務である。そして、高校生に対する消費者教育を実施する際には、このような消費者被害の防止という視点だけではなく、昨今の国際情勢や世界規模での課題解決に向けて、消費者市民社会の実現やSDGsという目標達成という視点も加味して、消費者教育を実施することが肝要である。

 

2 消費者教育において弁護士に求められる役割

 成年年齢の引下げを踏まえた実践的消費者教育の重要性の観点や、上述のSDGsを中核とする持続可能な開発のための2030アジェンダが採択されたことを受け、2018年(平成30年)3月20日、消費者教育推進法に基づいて、2018年(平成30年)度から2022年(令和4年)度を対象とした消費者教育の基本方針が閣議決定された。

 この基本方針では、成年年齢引下げへの対処やSDGsを中核とする持続可能な開発のための2030アジェンダの達成に向けた消費者教育の推進において、外部人材を活用した効果的な消費者教育の実現を求められることとなった。外部人材の例として弁護士が明示されている。

 弁護士が、消費者教育に関与する際に、消費者市民社会の実現に寄与するよう努めることは、まさに、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する弁護士の使命の一環であり、SDGsを中核とする持続可能な開発のための2030アジェンダにおいて要請される弁護士の役割である。

 弁護士には、以下のような、消費者被害防止のための実践的消費者教育はもちろんのこと、消費者市民社会の実現に向けた消費者教育を実践する役割が求められているといえる。このような消費者教育による成果としての「かしこい消費者」は、消費者被害に遭いにくいだけでなく、持続可能な社会の形成にも大いに貢献することになり、消費者被害防止のための実践的消費者教育と消費者市民社会の実現に向けた消費者教育は、不可分一体である。

 

(1)消費者被害防止のための実践的消費者教育

 消費者被害の防止に必要な、実践的な消費者教育においては、どのような消費者被害が存在し、なぜ多くの人が消費者被害に遭うのか(騙されてしまうのか)、その被害実態を知ることが求められる。

 加えて、消費者自身が、日常生活において直面し得る悪質商法の基本的手法について学び、当該手法が消費者に与える効果や、当該手法による被害防止方法などについて意見交換し合うといったアクティブラーニングを取り入れることが、批判的思考力の育成、ひいては被害防止につながる。

 弁護士は、実際に被害に遭った消費者からの相談を受け、トラブルを解決する業務を行っており、被害実態や悪質商法の基本的手法に関する認識を有する。そのため、弁護士には、消費者に対し、被害実態をリアルに伝えることや、悪質商法等の基本的手法を語り、消費者が主体的に、物事を多面的に批判的にとらえることができるよう、アクティブラーニングを実践していくことが期待されている。

 こうした実践的な消費者教育の実施によって身についた思考力は、以下に述べる消費者市民社会の実現や持続可能な社会の実現について考える際に必要な能力ともなる。

 

(2)消費者市民社会の実現に向けた消費者教育

 今後の消費者教育においては、消費者が、自分自身の利益のみならず、周囲の人や将来の担い手、そして社会情勢や地球環境にまで目を向け、社会全体の利益を考えることができるという消費者市民社会の構成員を育成することが求められる。価格のみにとらわれることなく、消費者自身が、社会にとってよい商品を選択していく能力を身につけていかなければならない。消費者教育の推進が、特にSDGsの目標12「つくる責任つかう責任」の達成につながるとされていることからも、消費者には、消費者一人一人の商品選択が、社会へ大きな影響をもたらす動きにつながるという可能性を知ってもらうことが必要となる。

 例えば、消費者が商品を選択する際に、プラスチックごみの削減問題を考慮したり、廉価な商品の製造の過程に違法な児童労働等の問題が存在しないかに配慮したりして、「つかう責任」を自覚したうえで、消費者が商品の選択を行えば、「つくる責任」を担う側に大きな影響を与えることができる。

 弁護士は、個々の事例を通じて、問題点や背景事情を把握し、解決策を示すことで、個人の権利を実現させ、社会に多くの影響をもたらしてきた。弁護士は、個々の消費活動に必要な批判的思考力を身につけさせることに寄与するのみならず、社会への影響について語り、将来の消費者市民社会を担うべき者にとって大きな学びのモチベーションを与えることが期待されている。

 

3 他機関との連携・協働

 今後の消費者教育においては、上述したように、被害実態を知らせることによって注意喚起をするのみならず、消費者自身が、日常生活において直面し得る悪質商法の基本的手法について学び、当該手法が消費者に与える効果や、当該手法による被害防止方法などについて意見交換し合うといったアクティブラーニングを取り入れることが必要となる。あわせて、消費者市民社会の実現に向けて、消費者市民を育成するという視点を取り入れなければならない。

 このような教育を弁護士が実践していくに当たり、教育内容をより発展させ、また、効果的に伝えていくためには、弁護士が有する知見に加え、様々な関係機関が有する知見を結集していくことが不可欠であるから(消費者教育推進法第20条第1項参照)、地域ごとの実情に合わせ、他機関と柔軟に連携することが求められる。

 例えば、最前線で消費者行政を実践し、消費者教育のための拠点と位置づけられている消費生活センターは、日頃から数多くの消費者相談業務に当たっており、地域の実情に応じた最新の被害実態を把握している。同センターから消費者被害に関する情報提供を受けることで、より充実した教材の作成や授業の実施が可能となる。

 また、消費者の権利や利益の確保を目的として活動をしている消費者団体や、商品や役務の供給主体として消費者の消費生活に密接に関係している事業者及び事業者団体との連携・協働は、消費者側・事業者側の双方の視点を取り入れた教材の作成や授業の実施を可能にする。

 さらに、授業を実施するにあたっては、生徒に内容を理解してもらえるよう分かりやすく伝えるのみならず、自分自身のこととして捉えてもらい、それを社会の中で実践してもらえるよう、生徒の目線に立った授業を行うことを心がけなければならない。そのためには、教材作成や授業方法の確立の段階、及び実際に授業を行う段階において、授業を受ける生徒の年齢や理解度などに応じた工夫をする必要がある。教育現場の関係者は、日頃から生徒と接しており、どのようにすれば生徒に分かりやすく伝えられるか、理解してもらえるかなどを心得ている。実際の教育現場を知る教員らと連携・協働することにより、生徒の目線に立った教育の実践が可能となる。

 

4 今年度の取り組み事例(鳥取県弁護士会)

(1)全ての高等学校での出前授業の実施

 鳥取県弁護士会は、今年度、県内の全ての高等学校で、消費者教育に関する出前授業を実施している。

 

(2)関係機関との綿密な連携

 効果的な授業を実施するために、出前授業で使用する教材の作成段階から、鳥取県消費生活センター、鳥取県教育委員会、鳥取県立の高等学校の家庭科と社会科の教員と綿密な連携を図り協議を重ねた。
 鳥取県は、本年度予算において、県内高等学校42校において、弁護士による実例に基づく実践的な出前授業を実施し、成年年齢引下げに伴う留意点等を解説するための、「全高等学校での弁護士出前授業」の予算を確保した。

 

(3)出前授業の内容

 出前授業で実施している講義の内容は、主に3つである。1つ目は、実際に近い被害事例をもとに講師が生徒の目の前で188(イヤヤ)に電話して相談するというデモンストレーション、2つ目は、消費者被害が発生する際の消費者の心理状態や悪質業者が消費者を騙す手法について学習してもらう、3つ目は、持続可能な社会の形成に寄与するために消費者の責任について考えてもらう、というものである。

 

(4)鳥取県弁護士会における次年度以降の展望

 出前授業はおおむね好評であり、来年度以降の継続実施が期待される。
 今後は、高校生だけでなく、PTAのイベント等を利用するなどして保護者への出前授業や、当会が作成した出前授業の教材を広く教師に使って講義をしてもらうために教師向けの勉強会なども実施できるよう計画していく予定である。

 

5 継続的な取り組みに向けて

 上述の今年度の取り組み事例(鳥取県弁護士会)において紹介した授業の実施のための協議、教材作成、そして県内全高校への出前授業の実施は、その大部分が、消費生活センターや教育関係者、担当弁護士の自主的な努力によって、実現したものである。

 成年年齢の引下げが迫るなか、高校生に対する消費者教育の実施は急務であり、継続的かつ安定的な消費者教育の実施が望まれる。

 そのためには、消費者教育を推進する責務を負っている国及び地方公共団体が、消費者行政及び教育行政の担い手として、消費者教育の推進に向け、消費に関する知見を有する各機関や教育現場を知る教育関係者等の連携・協働、教材作成や講師派遣等に必要な予算措置、実際の授業時間の確保などに関する施策を推進していくことが必要である(消費者教育推進法第4条、第5条、第8条、第11条、第15条、第16条等参照)。

 したがって、国、中国地方各県、中国地方各県の教育委員会及び消費生活センターに、決議のとおりの協力を求める次第である。

 そして、関係機関との協力のもとに消費者教育を実践するため、各弁護士会が積極的かつ中心的役割を担うことが期待される。

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上