中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、国に対し、死刑の執行を直ちに停止し、速やかに死刑制度を廃止することを求める。

以上のとおり決議する。

2019年(令和元年)11月1日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 はじめに

 日本の刑法は刑罰として死刑を存置しており、毎年のように死刑確定者に対し死刑が執行されている。2018年

(平成30年)には、合計15人の死刑確定者に対し死刑が執行され、本年も引き続き8月2日に2名の死刑確定者に対し死刑が執行された。

 しかし、死刑は国家による生命権の剥奪であり、重大かつ究極的な人権制限である。
 また、裁判も人間がする以上、判断を間違う可能性は常に付きまとうが、死刑は、一旦執行されてしまえば回復する手段が全く無くなってしまうのであり、えん罪の場合、死刑は取り返しのつかない人権侵害である。

 死刑制度の廃止は国際的な潮流であり、日本も死刑の執行を直ちに停止して速やかに死刑制度を廃止すべきである。

 

2 死刑問題についての弁護士会の活動や国会議員の動き

 死刑制度をめぐる問題について、日本弁護士連合会の人権擁護大会で、2004年(平成16年)10月以降、3度の決議を行っている。2004年(平成16年)10月開催の第47回宮崎大会では、我が国の刑事司法制度の問題点を指摘し、「死刑執行停止法の制定、死刑制度に関する情報の公開及び死刑問題調査会の設置を求める決議」を採択し、2011年(平成23年)10月開催の第54回高松大会では、死刑のない社会が望ましいことを見据えて「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を採択し、2016年(平成28年)10月開催の第59回福井大会では、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」(以下「福井宣言」という。)において、日本において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年(令和2年)までに死刑制度の廃止を目指すべきであること、及び、死刑を廃止するに際して、死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討することを採択した。

 また、当連合会は、日本弁護士連合会の活動に呼応して、2012年(平成24年)6月、各弁護士会から委員を選出し、死刑廃止等を検討する委員会を設置し、各弁護士会と共催して、中国5県の全てで「死刑を考える日」と題する市民集会を幾度も企画し、市民に向けて死刑制度に係る社会的論議を呼びかける活動を行い、また、3弁護士会では特別委員会を、1弁護士会ではPTを、1弁護士会では既存委員会内に部会をそれぞれ設置し、死刑制度をめぐる問題についての会内勉強会や市民向けの講演会・映画会などの企画を行ってきた。

 また、2018年(平成30年)12月5日には、死刑制度の是非を議論する超党派の議員連盟として、「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」が設立され、山口県選出の河村建夫衆議院議員(元官房長官)が会長に就任し、総会を開き、将来的な死刑制度のあり方に関する提言とりまとめを目指すとされている。

 

3 生命権保障の理念と相反すること

 あらゆる人権は生命があって初めて享有できる。その意味において、生命はあらゆる自由や権利の基盤にあるものであり、生命を奪われない権利である生命権は最も重要な人権である。

 日本国憲法も、その第13条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定め、生命権を保障する。また、国際人権規約B規約第6条は、第1項で「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。」として、生命に対する権利を保障する。

 生命があらゆる自由や権利の基盤であることは、裏返せば死刑制度があることは、人権保障が全うされないことを意味している。

 生命は究極の価値であり貴いものである。

 死刑の宣告・執行はこのような生命の価値を否定し、国家が生きる価値のない生命であることを宣言することにほかならない。生命権保障の理念と相反するものである。

 

4 えん罪のおそれがあること

 我が国においては、これまでに4件の死刑確定事件がえん罪であるとして、再審開始決定が出され、無罪判決が確定している(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)。また、近年では、名張事件、袴田事件などの死刑確定事件で、再審開始決定がなされ、扉が開きかけたが、検察官の上訴により、当事者、遺族はえん罪を晴らすことができない状態が続き、事件は終わっていない。また、死刑確定事件ではないが、無期懲役刑が確定していた事件について、再審無罪判決が確定した事件も多数存在する(足利事件、東電OL殺人事件、東住吉事件など)。

 裁判も人間が行うものである以上、判断を間違う可能性は常に付きまとう。これらの事件の存在は、裁判が常にえん罪の可能性を秘めていることを如実に示している。加えて、現在の日本の刑事訴訟法では、無罪の証拠となりうるものを検察官が開示することを強制される証拠法制になっていないことがその構造的要因の一つとなっているのである。

 仮にえん罪であった場合、死刑以外の刑罰であれば、金銭的な補償という被害回復の手段が不十分ながらも存在するが、死刑の場合、執行されてしまえば、生き返らせることができないのはもちろん、金銭的な補償を受け取ることもできなくなってしまうのであり、回復手段が全くなくなってしまうという問題がある。

 

5 死刑制度の廃止は国際的な潮流であること

 死刑制度を廃止した国又は事実上廃止している国(10年以上死刑を執行していない国)は2018年(平成30年)末現在で142か国であり、世界の国の3分の2を超えている。

 先進国とされるOECD加盟国36か国のうち、死刑制度を存続させているのは、日本、アメリカ、韓国の3か国だけである。このうち、韓国は、死刑執行を1998年(平成10年)以降20年以上停止しており、事実上の死刑廃止国となっている。また、アメリカは、昨年10月11日にワシントン州の最高裁で死刑違憲判決が出され、本年5月30日にニューハンプシャー州の議会で死刑制度が廃止され、死刑廃止州は21州となった。また、10州は10年以上死刑が執行されておらず、事実上の廃止州となっている。連邦政府や軍当局も10年以上死刑を執行していない。そして、事実上の廃止州の中でも、コロラド州、オレゴン州及びペンシルバニア州は、公式に死刑の執行を停止しており、カリフォルニア州も本年3月14日、知事が死刑執行を一時停止する行政命令に署名し、公式に死刑の執行を停止した。

 このような国際的な潮流の現れとして、日本政府は、国連の自由権規約委員会の最終見解(1993年(平成5年)、1998年(平成10年)、2008年(平成20年)、2014年(平成26年))、拷問禁止委員会の最終見解(2007年(平成19年)、2013年(平成25年))及び人権理事会によるUPR(普遍的・定期的レビュー)(2008年(平成20年)、2012年(平成24年)、2017年(平成29年))において、死刑執行を停止し、死刑廃止を前向きに検討するべきであるとの勧告を受け続けている。

 また、日本が現在犯罪人引渡し条約を締結している国は、アメリカと韓国のわずか2か国にすぎない。これは、日本には死刑制度があるため、死刑廃止国が日本と犯罪人引渡し条約を締結しないためであると言われている。

 このように死刑廃止は国際的な潮流であり、日本が死刑制度を存続させていることは、その潮流から取り残されているものである。

 

6 犯罪抑止力には根拠がないこと

 凶悪犯罪を抑止するために、死刑制度は存続させるべきであるという意見がある。

 しかし、死刑制度を廃止した国において、凶悪犯罪が増加したという事実は報告されていない。

 国連の委託により、「死刑と殺人発生率の関係」に関する研究が実施されているが、2002年(平成14年)の調査では「死刑が終身刑よりも大きな抑止力を持つことを科学的に裏付ける研究はない。そのような裏付けが近々得られる可能性はない。抑止力仮説を積極的に支持する証拠は見つかっていない」との結論が出されており、「犯罪発生を抑えるためには、死刑が必要である」と言えないのである。

 1981年(昭和56年)に死刑を廃止したフランスでは、廃止前後で、殺人発生率に大きな変化はみられない。韓国では、1997年(平成9年)12月、一日で23人が処刑され、その後、現在まで死刑執行していないが、最後の執行を基準として、その前後で殺人発生率に違いが無かったとの調査が報告されている。

 また、人口構成比などの点で似た社会とされるアメリカとカナダを比べてみても、死刑制度を廃止していないアメリカよりも、1962年(昭和37年)に死刑執行を停止し、1976年(昭和51年)に死刑制度を廃止しているカナダの方が殺人発生率は低い。

 死刑制度に犯罪抑止力があるということは、統計的に実証されておらず、研究の多くは死刑制度の犯罪抑止力に疑問を呈している。

 犯罪抑止力を根拠に死刑制度を存続させるべきであるという意見は、合理性及び説得力を欠くと言わざるを得ない。

 

7 死刑制度を廃止することと被害者支援を充実させることは両立しうること

 被害者遺族が、殺人事件などの重大事件の場合に、加害者に対し死刑を求めることについて、その心情は十分に理解できる。

 しかし、全ての被害者遺族が死刑を望んでいるわけではない。

 また、被害者遺族の生の感情を、刑罰にそのまま反映させることは妥当ではない。刑罰は、応報の観点、犯罪予防の観点、加害者の更生の観点等から、総合的に判断されるべきものだからである。

 もちろん、被害者遺族を含む犯罪被害者が取り残されるようなことはあってはならない。被害感情に配慮して、被害者遺族を含む犯罪被害者支援を行うことは、弁護士会を含めた社会全体の責務である。

 被害者遺族を含む犯罪被害者支援も重要な課題であり、さらに充実させる必要があるが、そのことと死刑制度の廃止の課題は、両立しうるものである。

 

8 終身刑により代替が可能であると考えられること

 死刑制度を廃止した場合、凶悪事件に対しては現在の無期懲役刑(服役して10年で仮釈放の可能性がある)では不十分であるという意見がある。

 この点については、仮釈放のない終身刑を導入することで、死刑に相当するような犯罪に対する刑罰として対応できると考えられる。

 現に、基本的法制度に関する内閣府世論調査(2014年(平成26年)11月実施)においても、以下のような結果が出ている。

 すなわち、「死刑はやむを得ない」という意見は、確かに全体の80.3%であるが、その意見を選択した人で「将来も死刑を廃止しない」という意見は全体の46.2%にすぎず、過半数に満たない。他方、「死刑は廃止すべき」という意見と「将来的に死刑を廃止してもよい」という意見の合計は全体の42.3%で、「将来も死刑を廃止しない」という意見とほぼ拮抗しており、世論はかなり揺らいでいると評価できる。また、死刑制度の存廃について仮釈放の可能性がない終身刑が導入された場合、それでも「死刑を廃止しない方がよい」という回答が全回答者の51.5%あるものの、「死刑を廃止する方がよい」という回答も全回答者の37.7%に上がっている。

 このような世論の揺らぎを考えた場合、死刑廃止が国際的潮流であるという時代の変化や、フランスでは世論の62%が死刑存続を支持する中で死刑制度を廃止したが、その後、廃止支持が存続支持を上回り、2003年には死刑廃止支持が58%になったことなども考慮すれば、日本でも死刑制度廃止の機は熟しているというべきである。
その上で、死刑廃止後の被害者の応報感情や一般市民の処罰感情を考慮すれば、死刑に代わる最高刑として、刑の言渡し時には「仮釈放の可能性がない終身刑制度」を導入することを検討すべきである。すなわち、言渡し時には生涯拘禁されることを内容とする終身刑の制度の導入である。
ただし、重い罪を犯した者であっても「人は変わり得る」のであるから、将来的にも一切仮釈放の可能性がない終身刑は、非人道的であり、憲法や人権条約上の疑念がある。また、ヨーロッパ人権裁判所において、将来的にも一切仮釈放の可能性がない終身刑をヨーロッパ人権条約3条(国際人権B規約7条と同旨)違反とした事例がある。
よって、例外的に、受刑者が変化して真に更生したと評価できる場合には、日本弁護士連合会が検討している無期刑への減刑手続制度を含めた社会復帰の可能性を設ける制度を検討すべきである。

 

9 まとめ

 私たちが目指しているのは、すべての人が尊厳をもって共生できる社会である。罪を犯した人であっても、罪を償いながら、社会の一員として生活できる社会であるべきである。

 当連合会は、ここに死刑制度は廃止されるべきであるという立場をあきらかにし、国に対し死刑の執行を直ちに停止し、速やかに死刑制度を廃止することを求めるものである。
  
以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上