中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、罪に問われた障がい者・高齢者の社会復帰を支援するため、国及び日本司法支援センターに対し、罪に問われた障がい者・高齢者の国選弁護活動の中で、社会福祉士等福祉専門職による更生支援計画作成等の環境整備のために国選弁護人が支払うべき適正な費用について、国選弁護費用として支弁するよう求める。

 

以上のとおり決議する。

2018年(平成30年)9月14日
中国地方弁護士大会

提案理由

第1 刑務所における障がい者・高齢者の増加

  1.  新受刑者に占める知的障がい、人格障がい、神経症性障がい、その他精神障がいを有すると診断された者の割合は、2002年(平成14年)は5.1%であったのに対し、2016年(平成28年)は14.3%へと約2.8倍に増加している。
     
  2.  また、刑務所入所者に占める65歳以上の高齢者の割合は、1996年(平成8年)は2.3%、2006年(平成18年)は5.7%であったのに対し、2016年(平成28年)は12.2%へと、10年間で2.1倍、20年間で約5.3倍に増加している。
     一方、全人口における65歳以上の高齢者の割合は、1996年(平成8年)は15.1%、2006年(平成18年)は20.8%であったのに対し、2016年(平成28年)は27.3%と、10年間で1.3倍、20年間でも約1.8倍の増加にとどまっていることから、刑務所入所者の高齢化が急速に進んでいることが分かる。
     
  3.  このように、刑務所における障がい者・高齢者(以下「障がい者等」という。)の割合は増加傾向にある。

 

第2 出所者に対する支援の現状

  1.  2012年(平成24年)3月、刑務所を出所する障がい者等が地域での生活に必要な福祉的支援を受けられるようにするため、厚生労働省は、地域生活定着支援センターを全都道府県に設置した。
     また、法務省は、出所する障がい者等のうち、一定の要件を満たす者について、地域生活定着支援センターと連携して社会復帰のためのコーディネートを行う事業(特別調整)を創設した。
     これらの事業により、刑務所を出所する障がい者等に対する社会復帰支援(以下「出口支援」という。)について、一定の支援体制が構築された。
     
  2.  しかし、罪に問われた障がい者等に対する更生支援としては、出口支援だけでは不十分であり、被疑者・被告人段階での環境調整によって、刑務所に入ることなく社会内での更生を図るための支援(以下「入口支援」という。)も必要である。なぜなら、刑務所に入所することによって、罪に問われた障がい者等と地域社会との間でそれまでに形成されてきた関係を希薄化してしまう上、刑務所出所者に対する社会の偏見が強いことから、罪に問われた障がい者等が社会復帰する上で大きな足かせとなってしまうからである。

 

第3 入口支援における福祉専門職との連携の必要性

 罪に問われた障がい者等の中には、障がいがあるにもかかわらず療育手帳や精神障害者保健福祉手帳を取得しておらず必要な福祉サービスを受けられなかったり、障害年金や生活保護の受給資格があるにもかかわらず申請手続ができなかったりして生活に困窮し犯罪に至ってしまう者もいる。また、障がいゆえの生きづらさを抱え、対人トラブルを起こしてしまうこともある。彼らに対しては、適切な支援を行うことで、生活を安定させ、再犯可能性を減少させることができ、支援計画を示すことによって、執行猶予判決が得られる可能性も高まる。
さらに、罪に問われた障がい者等は、障がいや認知機能の低下により自己が置かれている状況や取調べで聞かれている内容が理解できなかったり、自己の記憶や考えをうまく言葉で説明できなかったりすることが多い。また、誘導に弱く、また、取調官に迎合しやすく、反省の弁をうまく述べることができないこと等により、冤罪を招いたり、必要以上に重い処罰となってしまったりすることがあり得る。そのため、弁護人は罪に問われた障がい者等の真意を理解するよう特に努めなければならない。しかしながら、弁護人は必ずしも障がい特性に関する専門知識を有しているとは言えないことから、罪に問われた障がい者等の障がい特性や認知機能の低下に応じたコミュニケーションをとることが難しく、真の問題点を把握することができないことがある。

 そこで、弁護人にとっては、障がいやカウンセリングについての専門知識を有し、障がい者等の相談業務や自立生活を支援する計画立案の専門家である社会福祉士、精神障がい者に対する相談業務等の専門家である精神保健福祉士その他福祉関連職(以下「福祉専門職」という。)と連携することにより、罪に問われた障がい者等が抱える真の問題点を把握し、更生に向けた支援を行うことが、弁護活動を行う上で重要となる。

 

第4 入口支援における福祉専門職との連携の例

  1.  岡山弁護士会の取組
     岡山弁護士会では、2014年(平成26年)に岡山で開催された中国地方弁護士大会における「罪を犯した人たちの立ち直りを支える社会を目指す宣言」を受け、罪に問われた障がい者等の支援について積極的に取り組んでおり、2017年(平成29年)3月9日、岡山県社会福祉士会との間で、刑事分野における司法・福祉連携「岡山モデル」の協定を締結した。この「岡山モデル」は、高齢者・障がい者(障がいを有すると疑われる者を含む)・少年の刑事事件及び少年保護事件に際して、福祉的支援が必要と思われる場合に、弁護人からの依頼に応じて、岡山県社会福祉士会が社会福祉士を紹介し、弁護人と社会福祉士が連携して被疑者・被告人・少年の支援に当たる仕組みである。協定締結後、1年間で11件の利用があり、同行接見や更生支援計画の作成等が行われている。
     社会福祉士に対する報酬については、社会福祉士と被疑者・被告人・少年等やその親族との契約によって決められるが、多くの事案では、被疑者・被告人・少年本人やその親族に資力がないため、本人や親族に対して報酬を請求することが困難である。そのため、弁護人が公益財団法人リーガル・エイド岡山に援助申請を行うことで、社会福祉士に対する報酬相当額の援助が受けられることになっており、これまでに、1件当たり7000円から10万円の範囲で援助がなされている。援助額については、岡山弁護士会と岡山県社会福祉士会が示している目安額を参考に、事案に応じて金額を決定している。
     
  2.  山口県弁護士会の取組
     山口県弁護士会では、これまで社会福祉士が入口支援に関わってきたが、2016年(平成28年)6月から、弁護士会と福祉専門職が連携し、弁護人からの依頼に応じて、福祉専門職を紹介する事業が実施されることになった。
     また、この事業においては、被疑者・被告人やその親族が福祉専門職に対する報酬を支払うことが困難な場合、弁護士会がその報酬相当額を援助する制度も設けられている。
     
  3.  大阪弁護士会の取組
     大阪弁護士会では、2014年(平成26年)から、大阪弁護士会と、大阪社会福祉士会及び大阪府地域生活定着支援センターとが連携する「大阪モデル」というスキームが構築されており、弁護人からの申込みに応じて、大阪社会福祉士会所属の社会福祉士又は大阪府地域生活定着支援センターの相談員の紹介がなされている。
     また、大阪弁護士会では、国選弁護人が環境調整のために福祉専門職に支払った費用について援助する制度も設けられている。

 

第5 入口支援における課題

 罪に問われた障がい者等に対する入口支援を行う上での最も大きな課題は、費用の問題である。

 弁護人が、罪に問われた障がい者等の弁護に際し、福祉専門職に支援を要請する場合、当然のことながら、福祉専門職に対する報酬等を誰が負担するかという問題が生ずる。更生支援計画作成のためには、罪に問われた障がい者等と複数回接見する必要があるほか、親族やこれまでに関わってきた支援者、行政の担当者と打ち合わせを行う必要もあり、更生支援計画作成に関する報酬のほか、交通費等の実費も発生する。
しかしながら、福祉専門職に対する報酬等は国選弁護費用の対象になっておらず、また、罪に問われた障がい者等及びその親族の多くは経済的に困窮しているため、福祉専門職に対する報酬等の負担を求めることが困難である。
岡山弁護士会、山口県弁護士会及び大阪弁護士会では、福祉専門職に対する報酬の援助制度があるものの、財源には限りがある。また、多くの弁護士会では福祉専門職に対する費用の援助制度が存在しないため、罪に問われた障がい者等がどの地域で刑事手続を受けるかによってその待遇に大きな差が出ており、公平性を欠く状況となっている。

 

第6 国費支弁の必要性

  1.  公正な裁判を受ける権利(憲法第32条、第37条第1項)の保障
     罪に問われた障がい者等は、自己の努力のみによって、自己の言い分を正確に伝えたり、内省を深めて再犯防止に向けた活動をすることは困難な場合が多く、福祉専門職による支援を受けることにより、自己の言い分を正確に伝えたり、更生に向けた取組を行ったりすることで、はじめて効果的な防御活動を行うことができるようになり、公正な刑事裁判を受ける権利が実質的に保障されることになる。
     したがって、国は、罪に問われた障がい者等の公正な刑事裁判を受ける権利を保障するため、罪に問われた障がい者等が福祉専門職の援助を受けられるよう経済的な支援策を講じる責務がある。
     
  2.  障害者差別解消法に基づく合理的配慮の必要性
     2016年(平成28年)4月1日、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(略称「障害者差別解消法」)が施行された。
     同法第3条は、国及び地方公共団体に対し、障害を理由とする差別の解消の推進に関して必要な施策を策定し、実施する義務を定めている。
     また、同法第7条第2項は、「行政機関等」に対し、「その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」と定めている。この「行政機関等」の中には、日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)も含まれている(同法施行令第2条)。
     同法の「社会的障壁」とは、「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」をいい(同法第2条第2号)、障がいゆえの生きづらさも「社会的障壁」となる。また、取調べや公判等の刑事司法制度についても、罪に問われた障がい者等にとっては、自己の置かれた立場を十分に理解して主張することができなかったり、手続の流れや自己の権利を正しく理解することが困難であったりするため、実質的手続保障は不十分と言わざるを得ず、その意味において「社会的障壁」に含まれるといえる。
     そのため、弁護人が福祉専門職と連携し、罪に問われた障がい者等の支援に当たることは、「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮」に該当するのであり、国は、罪に問われた障がい者等が福祉専門職の援助を受けられるよう経済的支援策を講じる責務がある。
     
  3.  再犯防止推進法に基づく国の責務
     2016年(平成28年)12月7日、再犯の防止等の推進に関する法律(略称「再犯防止推進法」)が成立した。同法第3条第1項は、「再犯の防止等に関する施策は、(中略)犯罪をした者等が、社会において孤立することなく、国民の理解と協力を得て再び社会を構成する一員となることを支援することにより、犯罪をした者等が円滑に社会に復帰することができるようにすることを旨として、講ぜられるものとする」ことを基本理念として掲げている。
     国は、2017年(平成29年)12月15日に閣議決定された再犯防止推進計画において、同法第3条に掲げられた基本理念を基に五つの基本方針を設定しており、その一つとして、「犯罪をした者等が、その特性に応じ、刑事司法手続のあらゆる段階において、切れ目なく、再犯を防止するために必要な指導及び支援を受けられるようにすること」と定めている。また、そのための具体的施策の一つとして、「更生支援計画(主として弁護人が社会福祉士などの協力を得て作成する、個々の被疑者・被告人に必要な福祉的支援策等について取りまとめた書面)等の処遇に資する情報を活用した処遇協議を実施する」として、更生支援計画の有用性を認めている。
     そして、罪に問われた障がい者等が被疑者・被告人の立場にある段階から、国選弁護人が福祉専門職と連携して環境調整を行うことによって、社会復帰後の生活を安定させ、再犯可能性を減少させることができる。
     したがって、国選弁護人が福祉専門職と連携して行う環境調整は「再犯を防止するために必要な指導及び支援」に含まれるのであり、国は、国選弁護人が罪に問われた障がい者等の弁護活動に際して福祉専門職による援助を受けるための費用を国費から支弁すべきである。
     
  4. 改正総合法律支援法に基づく法テラスの責務
     法テラスは、2014年(平成26年)3月28日に法務大臣より認可された第3期中期計画において、従来の業務や取組の中で、自らが法的問題を抱えていることに気付いていなかったり、意思疎通が困難であったりするなどの理由で自ら法的援助を求めることが困難な障がい者等が存在していることが明らかになった状況を踏まえ、地方公共団体、福祉機関・団体や弁護士会、司法書士会等と連携を図り、そのような障がい者等及び支援者にアウトリーチ(相談機関が、相談を待つのではなく、相談者のもとへ出向いて相談・支援等を行うこと)を行い、司法アクセスを容易にすることで総合的な解決に繋げるための取組(司法ソーシャルワーク)の体制整備を推進するものとしている。
     第3期中期計画に基づき策定された「平成28年度日本司法支援センター年度計画」を受けて、「第3期中期目標期間中における司法ソーシャルワーク事業計画」が策定された。そこでは、援助対象者は「高齢者・障害者その他法的サービスの自発的な利用が困難な方」と定め、活動の特性は、①司法的な観点を加えた問題の発見・整理、②法的資源の活用の援助、③関係機関との連携・共同に資するネットワークの活用を事業活動の特性としている。
     国は、以上の司法ソーシャルワークを推進するため、2016年(平成28年)5月、総合法律支援法を一部改正した。この改正において、「認知機能が十分でないために自己の権利の実現が妨げられているおそれがある国民等」を「特定援助対象者」と規定し(同法第30条第1項第2号イ⑴)、資力を問わない法律相談を可能にする(同法第30条第3項)など、障がい者等が民事法律扶助を利用しやすくするための改正が行われた。
     以上のとおり、法テラスは、特定援助対象者に対する司法ソーシャルワークの体制整備を推進しているが、罪に問われた障がい者等は、まさに「認知機能が十分でないために自己の権利の実現が妨げられているおそれがある国民等」であり「特定援助対象者」に該当する。したがって、罪に問われた障がい者等に対して国選弁護人が福祉専門職と連携して行う入口支援のために必要な費用を国選弁護費用として支弁することは、一連の法テラスによる取組と軌を一にするものと言える。
     現在、法テラスによる特定援助対象者に対する司法ソーシャルワークの体制整備は、民事手続についてのみ行われているが、罪に問われた障がい者等に対する入口支援は、司法ソーシャルワークに他ならないのであるから、法テラスの第3期中期計画における「司法ソーシャルワーク」を民事手続に限るべきでなく、刑事手続に拡大する必要がある。
     法テラスは、国選弁護人が罪に問われた障がい者等の弁護活動に際して福祉専門職と連携して実施する入口支援のため必要な費用については、国選弁護費用として支弁すべきである。そして、適正な費用額については、公益社団法人日本社会福祉士会等福祉専門職の団体からヒアリングを行い、入口支援に携わる福祉専門職の意向を踏まえて決定されたい。

以上の理由から、本決議を提案するものである。   

以上