中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、
- 国に対し、銀行法第2条第1項に定める銀行、信用金庫法第4条に定める免許を受けた信用金庫、及び中小企業等協同組合による金融事業に関する法律第3条に定める認可を受けた信用協同組合(以下「銀行等」という。)が、借入残高が年収の3分の1を超えることとなる個人向け貸付け(貸金業法第13条の2第2項で定義される「個人過剰貸付け契約」)を行うことを原則として禁止する法改正を行うこと
- 銀行等に対し、顧客の実態を踏まえた適切な審査態勢を構築すること
を求める。
以上のとおり決議する。
2018年(平成30年)9月14日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 貸金業法改正等による成果等
返済しきれないほどの借金を抱えてしまう「多重債務者」の増加が、深刻な社会問題(「多重債務問題」)となったことから、これを解決するため、出資法の上限金利を引下げるとともに、借り過ぎ・貸し過ぎの防止のための「総量規制」として、借入残高が年収の3分の1を超える場合には新規の借入れができなくなることなどを定める貸金業法等の改正が行われた(2006年(平成18年)12月改正法成立、2008年(平成20年)6月完全施行)。上記の法改正から、これまでの間に、5社以上無担保無保証借入の残高がある人の数は171万人(2007年(平成19年)3月末)から12万人(2016年(平成28年)3月末)へと、また自然人自己破産の新受件数は16万5932件(2006年(平成18年))から6万3844件(2015年(平成27年))へと、いずれも大幅に減少している。改正貸金業法の成果として、多重債務者は着実に減少してきた。さらに、多重債務が原因とみられる自殺者数も、1973人(2007年(平成19年))から667人(2015年(平成27年))へと大幅に減少している。多重債務対策は、自殺対策としても機能している。このような貸金業法等の改正の成果を後退させるようなことがあってはならないのであり、今後とも、我が国における消費者金融(消費者向け貸付け)の在り方は、上記の改正法の趣旨を踏まえたものとして、構築されていく必要がある。
2 銀行等による貸付けの増加
ところで、このところ、上記の法改正による総量規制の対象外とされた銀行等による消費者向け貸付けが、急激に増えている傾向がみられる。国内銀行の個人向け貸出しにおいて、住宅資金以外の「その他ローン」のうち、「カードローン等残高」は、3兆5442億円(2013年(平成25年)3月)から5兆1227億円(2016年(平成28年)3月)と、短期間で急増した。
これらカードローンの中には、利率が年14%を超えるものも少なくない。
これに伴い、大手消費者金融会社においては、貸付け残高に比較して、保証事業残高が顕著に増えている。例えば、平成28年3月期、アコム株式会社では貸付け残高(無担保)が約7582億円であるのに対して保証事業残高は約8857億円、SMBCコンシューマー・ファイナンス株式会社では貸付け残高(無担保)が約7288億円であるのに対して保証事業残高は約1兆0798億円と、貸付け残高(無担保)よりも、むしろ保証事業残高の方が大きい。
こうして、銀行等による消費者向け貸付けについて、貸金業者の保証が付されていることが多くなっている。
このような貸付け残高の拡大の過程において、銀行等による消費者向け貸付けについて、例えば、「銀行のカードローンは改正貸金業法による総量規制の対象外です」「最大500万円 所得証明書一切不要」「借入限度額300万円までは収入証明書不要」「専業主婦の方でもOK」などのように、貸金業法による総量規制の対象外であることを強調したり、借入れの際に収入証明が不要であることを強調した宣伝・広告がされていることがあった。
3 多重債務問題の再燃のおそれ
(1)日本弁護士連合会が2016年(平成28年)6月から7月にかけて実施した「銀行の個人向け貸付け(カードローン)に関するアンケート調査」では、銀行が債務者の収入の2倍を超える貸付けをした事例、無収入の者に貸付けをした事例などが見られた。
そして、同調査においては、銀行カードローンの借入をした時の債務額と年収の比較において、年収の3分の1以上の債務を負担した割合(無収入者の借入を含む)が、51.9%であり、銀行カードローン契約時において収入証明を提出した者の割合は53.3%であった。
このようなアンケート結果からは、銀行等の行う消費者向け貸付けにおいて、貸金業法による総量規制の適用がないことを奇貨として、年収の3分の1を超える貸付けが行われ、顧客にとって、過剰な借入れとなるケースが少なからず存在することが表れた。
(2)これまで、自然人自己破産の新受事件数は、改正貸金業法の成立以来、一貫して減少を続けてきたが、2015年(平成27年)には、12か月中、5か月において、前年同月比100%を超えるようになった(年間を通すと前年比97.9%)。そして、2015年(平成27年)の自然人自己破産事件の新受件数は63,844件であったのに対し、2016年(平成28年)における同新受件数は64,637件、2017年(平成29年)における同新受件数は68,791件となり、自然人自己破産の新受事件数には、下げ止まりの傾向がみられる。(最高裁判所HP掲載の司法統計より)
このように、自然人自己破産の新受事件数の下げ止まりの傾向がみられることについては、貸金業者の保証を付した銀行等の消費者向け貸付けが増加している中で、銀行等による貸付けが顧客にとって過剰な借入れとなっていることが、影響を与えている可能性が高い。
(3)それを示唆するのが、破産事件・個人再生事件における債権者の属性が変化していることである。日本弁護士連合会の「2014年破産事件及び個人再生事件記録調査」によれば、例えば、破産事件における債権者の属性については、登録貸金業者が67.51%(2008年(平成20年))から45.47%(2014年(平成26年))へと減少しているのに対し、保証会社が6.33%(2008年(平成20年))から15.10%(2014年(平成26年))へと増加している。
また、個人再生事件における債権者の属性については、登録貸金業者が75.41%(2008年(平成20年))から58.42%(2014年(平成26年))へと減少しているのに対し、民間金融機関が7.55%(2008年(平成20年))から11.76%(2014年(平成26年))へ、保証会社が6.85%(2008年(平成20年))から13.00%(2014年(平成26年))へと増加している。
(4)このように、銀行カードローン残高が増加していくことに伴い、自己破産の新受件数も増加しており、このまま銀行カードローンによる過剰貸付けが増加すれば、多重債務問題が再燃するおそれがある。
これまでに築き上げてきた貸金業法等の改正の成果を後退させることなく、我が国における消費者金融(消費者向け貸付け)の在り方を、上記の改正法の趣旨を踏まえたものとして、構築していくためにも、銀行等による貸付けが顧客にとって過剰な借入れとならないように対策することは、急務である。
4 総量規制の趣旨
改正貸金業法第13条の2において、借入残高が年収の3分の1を超えることとなる貸付け(個人過剰貸付け契約。同条第2項)を原則として禁止する、いわゆる総量規制を導入したのは、同条第1項の「返済能力を超える貸付け」に当たるか否かを判断する基準の1つとされたものである。
年収の3分の1を超える借入れであっても、返済期間内に完済することが合理的に見込まれ、健全な資金ニーズと認められるような例外的な場合については、「当該顧客の利益の保護に支障を生ずることがない契約」として内閣府令(貸金業法施行規則第10条の23)で定めるものとした上で、これらの例外を除き、借入残高が年収の3分の1を超えることとなる契約は、原則として「返済能力を超える貸付け」に当たるから、これを禁止する必要があるというのが、改正貸金業法の趣旨であった。
このような観点からすれば、総量規制の対象外とされた銀行等の貸付けについても、借入残高が年収の3分の1を超えることとなるような貸付けの契約を締結することは、例外的な事情が認められない限り、顧客の返済能力を超える貸付けに当たること、それ自体には変わりはないはずである。
併せて、貸付けが過剰とならないためには、銀行等が貸付けに際して、消費者の収入等の返済能力を適切に調査することが必要である。貸金業法第13条の3第1項及び第2項の定めは銀行等に直接適用される条項ではないが、銀行等が貸付けを行う際にも、同条項の定めに倣い、当該消費者の収入証明書や他社からの借入額を確認するなどの方法により適切に審査されて初めて、借入残高が年収の3分の1を超える貸付けを行わない契約審査を実効的に行いうるためである。
この点、金融庁は、「主要行等向けの総合的な監督指針」Ⅲ-6-3「消費者向け貸付けを行う際の留意事項」及び「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」Ⅱ-7「消費者向け貸付けを行う際の留意点」の中で、「銀行が消費者向け貸付けを行う場合、適切な審査や厳しい取立ての防止など、改正貸金業法(2010年(平成22年)6月施行)における多重債務の発生抑制の趣旨や利用者保護等の観点を踏まえ、所要の態勢が整備されることが重要である。」とし、「また、貸金業者による保証を付した銀行等による貸付けには、改正貸金業法第13条の2に規定するいわゆる総量規制等、同法の適用はないが、顧客保護やリスク管理の観点から、本項に規定している所要の態勢整備を図ることが重要である。」としている。
そして、金融庁は、「主な着眼点」として、「改正貸金業法の趣旨を踏まえた適切な審査態勢等の構築」を求め、「銀行による貸付けが顧客にとって過剰な借入れとならないよう顧客の実態を踏まえた適切な審査態勢が構築されているか。」を問題にしている。
そうすると、銀行等による貸付けについては、いわゆる総量規制の適用はないとしても、「改正貸金業法の趣旨」を踏まえ、消費者の収入、他社からの借入額など返済能力を調査した上で、借入残高が安易に年収の3分の1を超えることがないように契約審査を行う「銀行による貸付けが顧客にとって過剰な借入れとならないよう顧客の実態を踏まえた適切な審査態勢」を構築することが求められているというべきである。
5 一般社団法人全国銀行協会の「申合せ」
(1)一般社団法人全国銀行協会は、2017年(平成29年)3月16日に概要下記内容の「銀行による消費者向け貸付けに係る申し合せ」を公表した。
① 銀行は、消費者向け貸付けに関する広告・宣伝を実施する場合、改正貸金業法の趣旨を踏まえて適切な表示等を行うよう努める。
② 各会員銀行は、消費者向け貸付けに際し、利用者利便と顧客保護の両面に十分配慮し、消費者向け貸付けがお客様にとって過剰な借入とならないよう留意し、健全な消費者金融市場の形成に向けた審査態勢等を構築するよう努める。
(2)しかし、この「申し合わせ」では、改正貸金業法が目指した過剰貸付け防止が果たされない。
「申し合わせ」においては、総量規制が端的に各銀行に求められているわけではない。また、過剰貸付けに対して拘束力が生じるものでもないため、規制立法の代替機能を果たすことはできない。そして、総量規制が遵守されているかを、第三者機関が監査することが定められているわけでもない。
(3)一般社団法人全国銀行協会が、2017年(平成29年)12月5日に「銀行カードローンに関する全銀協の取組について」を発表している。しかし、この取組項目は、会員へのアンケート、消費者意識調査などであり、全銀協の取組項目の中に、貸付けが、消費者の年収の3分の1を超過するものがあるか、その割合はどの程度であるかを直接調査する項目は存在しない。
また、会員銀行における取り組み事例として、保証会社において代弁案件を分析し、審査モデルに反映しているとの記載もあるが、結局審査基準は、各銀行任せにしかならない。
6 審査体制の確立未了
全銀協調査では、審査体制について、年収証明書取得基準を引き下げた銀行が79%に上ると回答している。しかし、各銀行等において年収証明書取得基準が一律に貸金業法と同等である制度的な保証は存在していない。
また、申合せでは、貸付け審査に当たり自行・他行カードローン、貸金業者の貸付けを勘案して返済能力等を確認するよう努めるとされている。ところが、全銀協においては、この申合せが実施されているかを端的に質問するアンケートは行われていない。そのため、現状において審査体制が確立していることは全く保証されていない。
全銀協は、申合せが実行されているかを確認していない。この申合せが過剰貸付けの防止に役立っているかは不明である。
7 一般社団法人全国銀行協会以外の団体
信用金庫や信用組合の中にも、金融業者を保証機関または再保証機関としたカードローン事業を行う者が存在するが、たとえば一般社団法人全国信用金庫協会や全国信用協同組合連合会などの一般社団法人全国銀行協会以外の金融機関団体においては、一般社団法人全国銀行協会が制定したような上記申し合せのような申し合せやガイドラインさえ制定していない。
8 結論
(1)貸金業法改正時に附帯決議として、「今回の改正後の多重債務問題の状況も見極めつつ、全ての消費者信用の利用者の保護を徹底するため、貸金業者以外の信販や銀行等も含めた消費者信用全体の体制の在り方等について、検討を進めること。」と決議されている(2006年(平成18年)11月29日の衆議院財務金融委員会において決議された附帯決議、及び2006年(平成18年)12月12日の参議院財政金融委員会において決議された附帯決議)。
上記のとおり、銀行カードローンにより過剰な債務負担に陥る債務者が現れたことは、まさに総量規制が貸金業法以外には法律をもって定められていないことの弊害である。
このような弊害をなくすためには、国が、借入残高が年収の3分の1を超えることとなる個人向け貸付け(個人過剰貸付け契約。同条第2項)を銀行等が行うことを原則として禁止する法改正を行うことが必要である。
(2)そして、このような法改正を前提とし、総量規制を実効あらしめるため、銀行等が顧客の実態を踏まえた適切な審査態勢を構築することが必要である。
(3)なお、現状の信用情報機関の取り扱う情報でも、「総量規制対象債権」のほか、「保証契約債権」の残高が登録されているのであり、貸金業者は、銀行等の金融機関の行う貸付けにより、借入残高が顧客の年収の3分の1を超えることとなるか否かを知り得る立場にあるから、上記のような立法をすることは、充分に可能であると考える。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上