中弁連の意見

  1.  国は、裁判所支部地域における司法機能を充実させるため、

    (1)裁判所支部の取り扱う事件・事務の範囲の拡大
    (2)裁判官・裁判所職員の増員、物的施設の整備
    (3)検察官・検察庁職員の増員、物的施設の整備
    (4)(1)ないし(3)の実施に必要となる予算措置

    を行うべきである。
     
  2.  国は、前項の施策の第一歩として、主要な裁判所支部で早急に労働審判手続を実施するとともに、そのために必要な裁判所支部の人的物的整備を行い、それに要する予算措置を講じるべきである。
     
  3.  日本弁護士連合会は、国に対して前2項の実施を求めるための運動を強化するとともに、運動を担う組織をさらに充実させるべきである。

 

 以上のとおり決議する。

2012年(平成24年)10月12日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 国民の裁判を受ける権利と司法制度改革の理念

 国民の裁判を受ける権利は、憲法第32条において明文で保障されている。その保障は、ただ国民が形式的に裁判を受けられることのみを意味するのではなく、国民がその有する権利を実現するものとして期待するところの適正かつ有効な司法制度を実現することを保障しているものである。

 2001年(平成13年)に公表された司法制度改革審議会意見書(以下「意見書」という)は、「司法制度改革の3つの柱」の第1として「国民の期待に応える司法制度とするため、司法制度をより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのあるものとする」ことを挙げ、「国民の期待に応える司法制度の構築(制度的基盤の整備)」を目標として掲げた。「国民の期待に応える司法制度」は司法制度改革の最大の根本理念であり、最大の到達目標である。

 そして、国民の裁判を受ける権利の保障と、国民の期待に応える司法制度構築の要請は、本庁地域と支部地域との間で何ら異なるものではない。したがって、国民に司法サービスを提供するに当たっては、本来、本庁地域と支部地域との間で差があってはならない。それが憲法における裁判を受ける権利の保障と、司法制度改革の理念との必然的な帰結である。

 

2 支部地域における司法基盤の現実

 支部地域においては、以下のとおり、本庁地域に比べて人的にも物的にも司法基盤が貧弱であり、そのために支部地域の住民は、本庁地域より質的量的に劣る司法サービスしか受けられていない。しかも、その状況は近時ますます悪化する傾向にある。

ア 最高裁提供のデータによれば、全国203か所の裁判所支部のうち46支部(中国地方では18支部中5支部)には裁判官が常駐していない。

イ 裁判所支部では行政事件や簡裁控訴事件を取り扱わないし、小規模支部では合議事件や少年審判を取り扱わない。また、裁判員裁判を取り扱う支部は全国で10か所(中国地方では0か所)、労働審判を取り扱う支部は2か所(中国地方では0か所)しかない。例えば支部管内で発生した裁判員裁判事件や刑事合議事件が本庁に起訴されると、当事者や弁護人、裁判員の負担は非常に大きくなる。 さらに、最近、小規模支部へ刑事事件の公訴提起をしなかったり、医療過誤事件等の専門訴訟や執行事件について本庁や他支部に集約する傾向も、顕著に見られている。

ウ 裁判所支部では、裁判官が民事・刑事・家裁等の各事件を兼務することが多い。このような場合、裁判官1人当たりの負担は、単純な事件数比較では現れないほどに重くなる。さらに、裁判官非常駐支部では、本庁又は他支部の裁判官が填補に赴くが、填補裁判官の負担も同様に重く、また、裁判官が不在の日には保全事件等に迅速な対応ができないという問題も生じている。

エ 小規模支部では、裁判官在庁日が限られるため、期日の間隔が大きくなりがちである。しかも、裁判官在庁日に事件が集中するため、審理時間等が硬直したものになりがちである。また、法廷、調停室及び待合室が不足しているなどの問題点が生じているところもある。

 このように、支部地域の住民は、本庁地域の住民と比べて不十分な司法サービスしか受けられていないといえる。前項で述べたとおり、憲法により保障される「裁判を受ける権利」及び司法制度改革の理念からは、居住する地域によって受け得る司法サービスに差異があってはならないにもかかわらず、このような状況は長期にわたって放置され続け、さらに、近年は地域格差は拡大する傾向さえある。

 そもそも、2001年(平成13年)の意見書には、「国民の期待に応える司法制度」を最大の根本理念として掲げているにもかかわらず、支部地域の司法基盤整備については何の具体的言及もなかった。そして、その後の10年余にわたり、支部地域の司法基盤は、上記のとおり、司法制度改革の理念に従って改善されるどころか、司法制度改革から取り残され、放置され、あるいは、かえって弱体化してきたのである。

 日本弁護士連合会、各弁護士会連合会が最近数年間に実施した支部地域会員へのアンケート調査や、全国支部問題シンポジウムや支部問題協議会等での支部地域会員の意見には、支部地域の裁判所機能の貧弱さを指摘し、改善を求める訴えが溢れている。

 例えば、中国地方弁護士会連合会が2010年(平成22年)度に実施したアンケート調査においては、当時の支部地域の会員総数222名(同年4月1日時点)のうち104名から回答が得られた。これらの回答者は中国地方の全支部地域にわたり、経験年数別でも5年未満42名、5~19年25名、20年以上37名であったので、中国地方の全支部地域の会員の全構成世代を網羅しているといえる。これらの回答のうち、01.gif所在の支部でも労働審判を行うべきであるとしたもの90名、02.gif刑事事件の本庁起訴や支部域外勾留等につき不都合を感じるとしたもの54名、03.gif所在の支部でも裁判員裁判を行うべきであるとしたもの38名であった。

 また、日本弁護士連合会が2008年(平成20年)度に行った支部会員アンケート結果によれば、01.gif裁判所支部の裁判官が足りていないとした回答が73.7%、02.gif裁判所支部の庁舎その他の物的設備が不十分であるとした回答が66.7%であった。

 

3 支部地域の司法基盤整備の必要性と国の責務

 こうした支部地域の現状を改善し、その司法基盤を充実させ、支部地域住民の「裁判を受ける権利」を本庁地域の住民と実質的に平等に保障するためには、

ア 裁判所支部が取り扱う事件・事務の範囲を復元・拡大することが必要であり、

イ そのためには、裁判所支部地域における、01.gif裁判官・裁判所職員を増員すること、02.gif庁舎の物的設備を増強すること、03.gif対応する検察庁の人的・物的設備を充実することが必要であり、

ウ さらに、これを実現するためには、裁判所支部地域における裁判所・検察庁に投じられる国家予算を大幅に増額することが必要である。

 国は、憲法上の要請に応じ、また司法制度改革の理念に従って、支部地域の住民に対して、本庁地域の住民と変わらない水準での「裁判を受ける権利」を実質的に保障すべき責務を負っているのであるから、裁判所、法務省、財務省の別を問わず、上記の施策を講ずるべき義務がある。

 

4 労働審判手続実施の本庁限定とその改善の必要性

 労働審判手続の実施は、現在、東京地裁立川支部・福岡地裁小倉支部(いずれも2010年(平成22年)度から)の2支部を除き、各地の地方裁判所本庁に限定されている状況にある。このことは、支部地域の司法機能が貧弱な現状を最も端的に代表する事象ということができる。

 労働審判制度(2006年(平成18年)4月開始)の創設の趣旨・目的は、「紛争の実情に即した迅速、適正、かつ実効的な解決を図ること」(労働審判法第1条)とされている。その申立て新受件数は、2006年(平成18年)877件、2007年(平成19年)1494件、2008年(平成20年)2052件、2009年(平成21年)3468件と急速に増加し、2010年(平成22年)は3375件、2011年(平成23年)は3586件となっている。また2009年(平成21年)までの実績では、審理期間は平均74.4日、調停成立率69.0%、審判率18.8%であり、審判が言い渡された場合も異議申立率は約60%にとどまるので、平均的には申立てから約2か月半で約80%の事件が調停ないし審判で解決している状況にある。労働審判制度は、当事者間に強い対立関係がある紛争類型とされてきた労働紛争について、迅速で実効性のある解決を実現したという意味において、非常に成功した新規紛争解決手段と評価されている。

 労働審判制度の趣旨・目的及び施行実績が上記のとおりである以上、この制度は国民が広くかつ容易に利用できるものとすることが、制度の趣旨目的からも、国民の裁判を受ける権利の実質的保障の趣旨からも、強く要請される。労働紛争は支部地域にも存在するのであるから、支部地域の住民は、この有効性を実証された紛争解決制度を本庁地域の住民と同様に広く容易に利用する権利があるのであり、その実施が本庁に限定されなければならない合理的理由は何ら存しない。

 しかるに、労働審判手続は前記のとおり、立川・小倉以外の支部地域では実施されていないので、実施されていない支部地域の住民は、労働審判手続を利用するためには本庁にまで出頭しなければならない。

 中国地方弁護士会連合会が2010年(平成22年)度に実施した支部会員アンケートの結果によれば、前述のとおり所在の支部でも労働審判を行うべきであるとした回答者が104名中90名に及んだ。また、同アンケートの個別回答では、01.gif労働審判手続に申立人側として関与した会員18名中13名が「本庁にしか申立できないことによる不利益があった」と回答し、02.gif同じく相手方側として関与した会員22名中11名が「本庁にしか申立されないことによる不利益があった」と回答し、03.gif104名中26名の会員が「労働審判手続を支部で行えない結果申立を断念した経験がある」と回答し、04.gif自由回答欄で指摘された個別の不都合の総数が76件に及んだ。労働審判手続が本庁でしか行われないことによって、支部地域の住民が実質的な被害を被り、本庁地域の住民よりも劣後する差別的な取扱を受けていることは、この調査結果によっても明らかである。

 前述の労働審判手続の有益性からは、本来であれば全ての地裁支部で速やかに手続を開始すべきであるといえるが、まずは、相当件数の申立てが予想される主要支部で実施すべきである。このような主要支部で実施するのであれば、労働審判員の確保も比較的容易であるし、審判廷や待合室等も相当数あると見込まれるので、裁判所の物的設備に大きな負担をかけることなく実現できるはずである。それでもなお若干の人的物的基盤の調整・強化が必要になるといえるが、国は、支部地域の住民に対し本庁地域の住民と同等に労働審判制度を利用させる責務があるのであるから、裁判所・財務省の別を問わず、速やかにこれに要する施策を講ずるべきである。

 

5 労働審判手続の支部実施を求める弁護士会の要請と現在までの成果

 全国の弁護士会はこれまでに裁判所に対し、繰り返し労働審判手続の支部における実施を求めてきた。全国の単位弁護士会が第一審強化方策地方協議会において、労働審判手続の支部実施を求めた回数は、制度実施以前をも含め2011年(平成23年)度までに10単位会11議題に及ぶ。しかるに、労働審判手続の支部実施は、地方裁判所の裁判官会議の決定事項であり、地方裁判所所長の権限において行えるにもかかわらず、裁判所は何処での協議においても、労働審判手続の支部実施には極めて消極的であり、上記のどの裁判所においても支部実施は実現されていない。裁判所は、前述の労働審判制度の趣旨・目的や、労働紛争の高い解決率に鑑みれば、むしろ積極的に実施支部の拡大を図るべきであるのにかくも消極的な態度を取り続けているのである。

 以上で述べた、支部地域の司法基盤の不十分さ及びとりわけ労働審判手続を支部で実施しないことの弊害にかんがみ、中国地方弁護士会連合会の支部問題協議会は、2010年(平成22年)度に、01.gif支部の司法機能回復の運動に着手する、02.gifまず労働審判手続の支部実施に向けて運動する、03.gifなかんずく、まず広島地裁福山支部での労働審判手続実施を重点的に働きかけることとし、他の弁護士会及び支部地域においてもこれを極力支援する、という方針を確認した。そして、当初時限的に組織された協議会を2011年(平成23年)度以降恒常的な組織に変更し、支部問題についての取組みを継続的に行うことを決めた。広島弁護士会福山地区会は、既に個別労働紛争件数の調査、労働審判員経験者等に対する協力依頼等、福山支部での労働審判手続実施の実現に向けた努力に着手している。

 中国地方弁護士会連合会及び管内の5単位会は、裁判所支部地域における司法機能の回復の第一歩として、この問題にたゆむことなく取組み、実現させる決意である。

 

6 日本弁護士連合会、各弁護士会連合会及び各弁護士会の支部問題への取組みとその強化の必要性

 支部地域の司法基盤が上記のような現状であることにかんがみ、日本弁護士連合会及び各地の弁護士会連合会・弁護士会は近時、この問題についての取組みを強めてきた。日本弁護士連合会の調査結果によれば、各地の弁護士会が第一審強化方策地方協議会で支部の機能強化を求める議題を提出した数は、2007年(平成19年)~2011年(平成23年)度の間に12単位会26議題(2006年(平成18年)度以前にも14単位会22議題)に及ぶ。

 日本弁護士連合会は、2005年(平成17年)度に全国の支部地域の会員の参加を得て、第1回全国支部問題シンポジウムを開催した。同シンポジウムはこれまでに、2011年(平成23年)度に至るまで、5回の開催を数えている。また、2005年(平成17年)11月に「裁判所支部の充実を求める要望書」をまとめてこれを最高裁判所等に対して執行した。さらに、2011年(平成23年)度に策定した「民事司法改革グランドデザイン」には、支部地域の司法基盤を整備する必要があることを明記した。

 各地の弁護士会連合会においても、北海道弁護士会連合会は2010年(平成22年)度北海道弁護士大会で「裁判官・検察官非常駐支部の解消に向けた行動を取ることの宣言」を、関東弁護士会連合会は2011年(平成23年)度の定期大会で「東京高等裁判所管内の司法基盤の整備充実を求める決議」を、東北弁護士会連合会は2012年(平成24年)7月の定期大会で「すべての裁判所支部管内における司法の機能充実を求める決議」を採択し、支部機能の充実と裁判官非常駐支部の解消を求めた。

 支部地域の司法基盤整備を推進するに当たって、これを中心となって担うべき最高裁判所の姿勢に積極性が見られない現状においては、各地の支部地域会員の努力に加えて、日本弁護士連合会及び各弁護士会連合会・弁護士会の積極的な運動が死活的に重要である。

 しかしながら、弁護士・弁護士会の支部問題についての取組みは、いまだ十分な成果を収めるには至っていない。その大きな要因の一つは、支部地域の会員が互いに地域を隔てているために、運動の全国的展開や相互の連携が難しいことである。したがって、支部地域の会員の運動を支援し連携させるために、日本弁護士連合会が果たすべき責務は非常に大きい。

 しかるに、日本弁護士連合会において支部問題を担当する組織は「裁判官制度改革・地域司法計画推進本部」であるところ、支部問題は主に同本部の「地域司法計画部会」に所属する委員のうち10名程度の人員が担当している状況である。この状況は支部問題に対する日本弁護士連合会の責務の大きさに比して、十分なものとは到底言えないので、同連合会は、支部問題に関する運動をより一層強化するとともに、運動を担う組織をさらに充実させるべきものである。

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上