中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、

 

  1.  各地方裁判所・各家庭裁判所に対し、「弁護士となる資格を有する者、民事もしくは家事の紛争の解決に有用な専門的知識を有する者または社会的生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い年齢四十年以上七十年未満の者」(民事調停委員及び家事調停委員規則第1条)であれば、日本国籍の有無にかかわらず、等しく民事調停委員及び家事調停委員に任命上申を行うよう求めるとともに、最高裁判所に対し、民事調停委員及び家事調停委員規則第1条の要件を充足する者であれば、日本国籍の有無にかかわらず、等しく民事調停委員及び家事調停委員に任命するよう求める。
     
  2.  各地方裁判所・各家庭裁判所に対し、「良識ある者その他適当と認められる者」(司法委員規則第1条)、「徳望良識のある者」(参与員規則第1条)であれば、日本国籍の有無にかかわらず、等しく司法委員及び参与員に選任することを求める。

 

 以上のとおり決議する。

 

2012年(平成24年)10月12日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 これまでの経緯

 2003年(平成15年)、兵庫県弁護士会が、神戸家庭裁判所からの家事調停委員推薦依頼に対して、韓国籍の会員を候補者として推薦したところ、同家庭裁判所から「調停委員は、公権力の行使又は国家意思の形成への参画にたずさわる公務員に該当するため、日本国籍を必要とするものと解すべきであるので、最高裁判所には上申しないこととなった。」という説明がなされ、同弁護士会は、当該会員の推薦を撤回せざるを得なくなった。

 その後、2006年(平成18年)3月に仙台弁護士会が韓国籍の会員を家事調停委員の候補者に推薦したところ、同じ理由で採用できないと拒否された。さらに同年3月に東京弁護士会が韓国籍の会員を司法委員に推薦したところ、この採用も拒否されている。

 2007年(平成19年)には、仙台弁護士会、東京弁護士会、大阪弁護士会、兵庫県弁護士会がそれぞれ韓国籍の会員を民事調停委員や家事調停委員に推薦したところ、同年12月から2008年(平成20年)8月にかけて、いずれも最高裁判所に任命上申しない旨の回答が各地方裁判所・各家庭裁判所からなされた。

 これに対し、日本弁護士連合会は、2009年(平成21年)3月18日に「外国籍調停委員・司法委員の採用を求める意見書」を最高裁判所に提出し、国籍を問題とせず、調停委員・司法委員を任命・選任するように求めた。また、2010年(平成22年)3月には、国際連合の人種差別撤廃委員会が、政府報告書審査に関する最終見解において、日本国籍を持たない者は資質があるにもかかわらず調停委員として調停処理に参加できない事実に懸念を表明し、この立場を見直すよう勧告した。

 しかし、その後も各弁護士会から推薦された外国籍調停委員等の候補について不選任あるいは任命上申が拒絶されており、状況に変化はない。

 2011年(平成23年)11月7日、岡山弁護士会は、岡山家庭裁判所からの推薦依頼を受けて、2012年(平成24年)1月1日からの任期の参与員について、外国籍弁護士1人含む15人の参与員候補者を同会会員の中から推薦したが、2011年(平成23年)12月12日、岡山家庭裁判所から、日本国籍を有しない者については参与員に選任しない旨の連絡があった。当連合会管内において、日本国籍を有しないことを理由として、弁護士会が推薦した弁護士会員の参与員選任を拒絶されたのは、本例が初めてである。

 これに対し、岡山弁護士会は、2011年(平成23年)12月26日に「外国籍会員の参与員選任を求める会長声明」を表明し、日本弁護士連合会は、2012年(平成24年)2月15日に「外国籍会員の参与員選任を求める会長声明」を表明している。

 岡山の事例以外にも、全国の各弁護士会が過去1年間に任命・選任される調停委員等に推薦した弁護士会員について、日本国籍を有しないことを理由として選任ないし任命上申を拒絶された事例は、仙台,東京、大阪、京都、兵庫県の5弁護士会合計7名に及んでおり、各弁護士会及び近畿弁護士会連合会、日本弁護士連合会は、それぞれ不選任あるいは任命上申拒絶に対し、抗議する声明や意見書を発表した。

 

2 外国人の基本的人権の保障

 憲法第3章に規定している基本的人権の保障の諸規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶと解すべきである(最高裁1978年(昭和53年)10月4日大法廷判決)。憲法第14条1項の保障する法の下の平等原則は外国人にも及ぶ(最高裁1964年(昭和39年)11月18日大法廷判決)。

 

3 法律にも最高裁判所規則にも調停委員・司法委員・参与員について日本国籍を要求する条項は存在しないこと

 そもそも、法令上、日本国籍を有するということは調停委員の任命要件や司法委員・参与員の選任要件とされてはいない。 民事調停委員及び家事調停委員の任命について、民事調停委員及び家事調停委員規則第1条は、「民事調停委員及び家事調停委員は、弁護士となる資格を有する者、民事若しくは家事の紛争の解決に必要な専門的知識経験を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い四十年以上七十年未満の者の中から、最高裁判所が任命する。ただし、特に必要がある場合においては、年齢四十年以上七十年未満であることを要しない。」と規定するのみである。また、同第2条では、欠格事由を定めているが、国籍等を欠格事由とする規定はない。 司法委員についても、司法委員規則第1条は、「司法委員となるべき者は、良識のある者その他適当と認められる者の中から、これを選任しなければならない。」と規定するのみであり、参与員についても、参与員規則第1条は、「家事審判法による参与員及び人事訴訟法による参与員となるべき者は、徳望良識のある者の中から、これを選任しなければならない。」と規定するのみであり、いずれも国籍を要求する条項はない。

 

4 外国籍者の調停委員・司法委員・参与員への就任が国民主権原理に反するとは考えられないこと

 日本弁護士連合会からの調停委員・司法委員の採用について日本国籍を必要とする理由についての照会に対し、最高裁判所事務総局人事局任用課は、「照会事項について最高裁判所として回答することは差し控えたいが、事務部門の取扱は以下の通りである。」として、「公権力の行使に当たる行為を行い、もしくは重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とする公務員には、日本国籍を有する者が就任することが想定されていると考えられるところ、調停委員・司法委員はこれらの公務員に該当するため、その就任のためには日本国籍が必要と考えている。」と回答している。
 また、岡山家庭裁判所が、日本国籍を有しない者について参与員に選任しない理由の概要は、「参与員は、審判に立ち会って家事審判官に意見を述べ、あるいは人事訴訟において、審理又は和解の試みに立ち会って、裁判所に意見を述べる立場にあるため、公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員に該当する。」というものである。
 しかし、「公権力の行使に当たる行為を行う公務員」、「国家意思の形成への参画に携わる公務員」というような抽象的な基準により、具体的な職務内容を考慮することなく、一律に日本国籍を有しない者を調停委員・司法委員・参与員に任命・選任しない取扱いをすることは、外国人に保障されている憲法第13条の幸福追求権、憲法第14条の規定する不合理な差別を受けない権利、憲法第22条の規定する職業選択の自由を侵害し、法治主義に反するといわざるを得ない。
 外国籍者が一定の公職に就くことが制限されることがあるとしても、その範囲は当該職務内容に照らして、外国籍者の就任を認めることが国民主権原理に反する職種に限定されるべきである。

 

(1)調停委員について
 調停委員の職務は、社会生活上の豊富な知識経験や専門的な知識を生かして当事者間の互譲による紛争解決を支援するというものであり、職務の性質上当事者の権利を制約することは想定されておらず、その職務が公権力の行使に当たるものとは言い難い。
 調停調書には確定判決と同一の効力があるとされるが、調停調書はそもそも当事者の合意に基づくものであり、外国籍の仲裁人が当事者の意思にかかわらず下した仲裁判断が確定判決と同一の効力を有すること(仲裁法第45条1項)と比較しても、これをもって公権力の行使に当たるとする理由は見出しがたい。
 また、調停委員会による事件関係者の呼び出し、命令、措置などに対する違反には過料の制裁の定めがあるが、これらは調停制度の実効性を確保するための付随的な処分にすぎず、過料の制裁は裁判所が決定するものであり、これをもって外国籍者の調停委員就任が国民主権原理に反するとは言い難い。
 さらに、事実の調査や必要と認める証拠調べを行う権限等を有していることについても、任意の事実調査や証拠調べを行う権限は仲裁人も有しているし、調停の趣旨からして強制処分としての証拠調べ等が行われることはほとんどないのであるから、このような権限の存在は、外国籍者の調停委員就任が国民主権原理に反するという合理的根拠にはならない。

 

(2)司法委員・参与員について
 司法委員の職務は、和解の試みについて裁判所を補助し、審理に立ち会って、意見を述べる(民事訴訟法第279条1項)というものである。
 また、参与員の職務は、審判に立ち会って家事審判官に意見を述べ(家事審判法第3条1項)、あるいは、人事訴訟において、審理又は和解の試みに立ち会って、裁判所に意見を述べる(人事訴訟法第9条1項)というものである。

 上記のように司法委員・参与員の職務の内容は裁判所、裁判官、家事審判官の補助機能しかなく、調停委員のような決議の参加、和解調書等への記載、期日の呼び出し、命令、措置、事実調査、証拠調べの権限などの公権力の行使もない。したがって、司法委員・参与員については、何をもって公権力の行使にあたるのかということさえ不明であり、日本国籍を有しない者が司法委員・参与員に就任しても、国民主権原理に反しないのは明らかである。

 

(3)小括
 調停委員、司法委員・参与員の具体的職務内容に照らせば、外国籍者がこれらの職に就任するとしても、国民主権原理に反するとは到底言えない。
 したがって、一律に日本国籍を有しない者を調停委員・司法委員・参与員に任命・選任しない取扱いをすることは、外国人に保障されている憲法第13条の幸福追求権、憲法第14条の規定する不合理な差別を受けない権利、憲法第22条の規定する職業選択の自由を侵害するものである。

 

5 多民族、多文化共生社会の実現の観点

 日本には、日本国籍を有しない特別永住者、定住外国人をはじめとする外国人が、日本社会の構成員として多数暮らしており、納税の義務など日本社会の構成員としての義務も果たしている。 これら外国人が、日本の司法制度を利用する機会も多い。そして、事件の中には、外国人独自の文化的背景について知識を有する調停委員・司法委員・参与員が関与することが有益な事案も数多く存在する。 外国籍の者が調停委員・司法委員・参与員に就任することができることは、幸福追求権、職業選択の自由、平等原則の観点から当然のことであるが、日本に定住している外国人が調停委員・司法委員・参与員に就任し、より良い司法制度を築くことは、多民族・多文化共生社会形成の観点からも積極的意義を有している。

 

6 外国籍の弁護士を民事調停委員に任命した事実があること

 以上のとおり、日本国籍を有しないことを理由に調停委員・司法委員・参与員に就任することを拒否する取扱いには合理的な理由は認められないところ、最近になって、1974年(昭和49年)1月から1988年(昭和63年)3月まで、日本国籍を有しない弁護士(大阪弁護士会所属)が外国籍のままで民事調停委員に任命され、何ら支障なく調停委員の職務を行い、大阪地方裁判所所長より表彰を受けていることが判明した。 このことは、実質的にみても日本国籍を有しない者が調停委員・司法委員・参与員の職務を行うことに何ら問題がなく、日本国籍を有しないことを理由に調停委員・司法委員・参与員に就任することを拒否する取扱いには合理的な理由はないことを示している。

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上