中弁連の意見

 中国地方弁護士会連合会は、弁護士業務を原因として弁護士及びその補助者たる事務職員に対して加えられる暴力その他の業務妨害活動を、司法制度と法秩序に対する不当な挑戦と位置付け、弁護士がこれら業務妨害活動に対して毅然として対応するために、警察、裁判所及び検察庁に対し、弁護士及び事務職員の生命身体に直接的な危害が加えられるおそれのある事案につき、その安全を確保するため万全の措置を講じることはもちろん、生命身体への危険が低い事案であっても、弁護士の事務所内における長時間の不退去、多数回・長時間の電話、事務所周辺の居住者等に対して行う弁護士への誹謗中傷、要求等の嫌がらせ、その他の手段による業務妨害活動で弁護士の業務に重大な支障が生じるおそれのあるものについては、生命身体に対する加害行為と同様に司法制度と法秩序への挑戦であることを認識し、これらの業務妨害を受けている弁護士又は当該弁護士を支援する弁護士会等からの要請を受けた場合、速やかに必要かつ適切な措置を講じることを求める。

 以上のとおり決議する。

2011年(平成23年)11月18日

中国地方弁護士大会

提案理由

  1.  2010年(平成22年)6月2日には横浜弁護士会所属の前野義広弁護士が刺殺され、同年11月4日には秋田弁護士会所属の津谷裕貴弁護士が刺殺された。報道によれば、いずれも殺害された弁護士が受任した離婚事件に関連し、その相手方から逆恨みされての被害である。
     2007年(平成19年)9月10日には、大阪弁護士会所属の弁護士の法律事務所にて、当該法律事務所の事務職員が工具等で頭部を殴打され、殺害されている。報道によれば、当該法律事務所の弁護士が担当していた民事事件の処理について、関係者から逆恨みされての被害である。
     
  2.  弁護士法は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と規定する(弁護士法第1条第1項)。
     弁護士は、受任又は相談を受けた個々の事件につき依頼者、相談者等の基本的人権や正当な権利を擁護し、事件・紛争の適切な解決をはかることを主たる業務とするものであり、その業務を通じて司法制度の適切な運用と法秩序の維持、そして社会正義の実現の一翼を担うものである。このような責務を担う弁護士に対する業務妨害は、単に標的とされた弁護士への犯罪や不法行為にとどまるものではなく、司法制度と法秩序への不当な挑戦であって決して許されるものではない。個々の弁護士が毅然としてこれと闘い、弁護士会としては、業務妨害を受けた個々の弁護士に対して、情報提供や共同受任による負担の軽減などの措置を講じて支援していくことが必要であることはもちろんであるが、社会全体としても一致団結してこれと闘い、基本的人権の擁護と社会正義の実現を図るべきである。
     仮に、弁護士及び弁護士会の努力にもかかわらず、業務妨害が予想される事案について弁護士が受任を躊躇せざるを得ないような状況となれば、その結果、基本的人権の擁護と社会正義の実現それ自体が危うくなりかねない。従って、弁護士業務の妨害が予想される事案についても弁護士が受任を躊躇しないような支援体制を社会全体で整えていくことが必要である。
     
  3.  加えて、ここ数年の弁護士人口の急激な増大に伴い、弁護士登録と同時に、あるいは極めて短期間のうちに独立して事務所を構える若手弁護士が急増していることによる問題も生じている。このような若手弁護士の中には業務妨害への対応経験が少なく不慣れなものも多い。また、事務所の経営基盤が確立していない段階で業務妨害を受けた場合は事務所の経営、存続に深刻な影響が及ぶ可能性も否定できない。かかる状況を負担に感じた若手弁護士が業務妨害の予想される事案の受任を敬遠するようになれば、弁護士に対する業務妨害活動が効果を上げたものと認識され、ますます弁護士に対する業務妨害活動が活発化し、悪循環となることも危惧される。その結果として、基本的人権の擁護や社会正義が実現されない社会が到来するおそれがある。
     
  4.  弁護士及び事務職員の生命身体に対する直接的な加害行為は明らかな犯罪行為であって、警察、裁判所及び検察庁において、弁護士及び事務職員の生命身体の安全を確保するための万全の措置が講じられるべきであることは当然であるが、生命身体に対する直接の加害行為には至らず生命身体への危険が高くない場合でも、事務所への多数回の来訪及び弁護士への面会要求、退去の要請を無視した長時間の居座り、事務所への多数回・長時間の電話、事務所周辺の居住者等に対して行う弁護士への誹謗中傷、事務所の賃貸人に対する弁護士との賃貸借契約解除の要求等の嫌がらせ行為(以下、「嫌がらせ行為」と総称する)など、弁護士の業務に重大な支障を生ずるおそれのある妨害事案は多数存在する。
     警察、裁判所及び検察庁その他の司法関係諸機関に対しても弁護士に対するものと同様に、暴行や嫌がらせ行為が行われることがあるが、警察、裁判所及び検察庁等は組織としてこれらに対応することが可能であり、業務に対する影響を受けるおそれが少ない。これに対して、弁護士は、弁護士会等の支援を受けられるとしても基本的には個々の弁護士又は事務所単位で対応せざるをえず、警察、裁判所及び検察庁等と比べて人的にも物的にも業務妨害への対応力は低い。業務妨害の態様が多種多様であることも考えると、個々の弁護士、事務所のみで全ての業務妨害への完全な対策を施すことは事実上不可能であるというべきであって、警察、裁判所及び検察庁が適切な措置を講じて業務妨害活動を抑止する必要性は高いというべきである。
     しかしながら、民事不介入の原則等から、嫌がらせ行為による業務妨害に対しては、弁護士及び事務職員等の生命身体に対する直接的な加害行為の場合に比して、警察等の協力が得にくい傾向にある。また、弁護士は受任した事件につき守秘義務を負っている。弁護士が業務妨害を受ける場合、個人的な怨恨ではなく具体的事件の処理等を巡る不満などがその原因のほとんどであろうから、警察に出動を要請したときに、出動の必要性を判断するためとして警察官等から業務妨害に至る経緯等について詳細な説明を要求されるようであれば、弁護士が負う守秘義務との間に緊張関係が生じ、弁護士が警察への要請、連絡等を躊躇して、被害を拡大させてしまうおそれもある。弁護士及びその事務職員の生命身体に対する加害行為に至らないこれらの嫌がらせ行為に対し、警察等による迅速かつ適切な措置が執られない場合、業務妨害行為を行う者に、嫌がらせ行為をさらに繰り返すことで目的を達成することが可能であるとの印象を与え、嫌がらせ行為がエスカレートし、弁護士及び事務職員等の生命身体への直接的加害行為へと発展する可能性も否定できない。
     また、先に述べたとおり、弁護士に対する業務妨害自体が司法制度と法秩序への不当な挑戦なのであるから、犯罪であることが明確に判断できない嫌がらせ行為のような業務妨害活動への対応も本来的に極めて重要なものである。
     業務妨害活動に対しては、各弁護士が毅然としてこれと戦い、また弁護士会は会として業務妨害への組織的支援態勢を確立することは当然であるが、さらに、警察、裁判所及び検察庁と弁護士及び弁護士会が連携協力して、弁護士への業務妨害活動抑止に向けて取り組むことが不可欠である。特に警察においては、嫌がらせ行為が現に行われている場合に、警察官が現場において漫然と注意を繰り返す等の事実行為に終始することなく、事態の改善がみられない場合には、関係法規に照らし合わせて厳正な措置を講ずることを躊躇するべきではない。よって、警察、裁判所及び検察庁は弁護士等からの要請を受けた場合、弁護士の守秘義務にも十分配慮しつつ、基本的人権の擁護と社会正義の実現の観点から、関係法規に照らし合わせて慎重に判断した上で、逮捕、妨害行為等禁止の仮処分その他の適切な措置を講じるべきである。
     以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上