中弁連の意見

 当連合会は、国会、内閣及び最高裁判所に対し、2010年(平成22年)11月1日から実施される予定の司法修習生の修習資金を国が貸与する制度(貸与制)を廃止し、給費制を復活することを求める。

 さらに、当連合会は日本弁護士連合会に対し、当連合会及び全国の弁護士会並びに全国の弁護士の声を聞き、ともに関係各機関に対しこれを働きかけることを求める。

 以上のとおり決議する。

2009年(平成21年)10月9日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 貸費制の導入に関する裁判所法の改正

 国会は、2004年(平成16年)12月、司法修習生に対する給与の支給(給費制)を廃止し、修習資金の貸費制を実施することとして裁判所法を改正した(裁判所法第67条の2 修習資金の貸費等)。

 その際、衆参両議院でなされた附帯決議のいずれにおいても、その第1項で、改正の趣旨・目的が「法曹の使命の重要性や公共性にかんがみ、高度の専門的能力と職業倫理を備えた法曹を養成する」ものであること、第3項で、政府及び最高裁判所に対して「給費制の廃止及び貸費制の導入によって統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることがないよう、また、経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないよう、法曹養成制度全体の財政支援の在り方も含め、関係機関と十分な協議を行うこと」について格段の配慮をすべきことが明記された。

 

2 裁判所法改正の理由

(1)この裁判所法改正に際しては,01.gif国家公務員の身分をもたない者に対する給与の支給は極めて異例の取扱いであること、02.gif司法修習は個人が法曹資格を取得するためのものであり、受益と負担の観点からすれば必要な経費は司法修習生が負担すべきであること、03.gif現行の給費制は,法曹人口が希少であったころの戦後間もなく導入されたものであるが、法曹人口に係る情勢は大きく変化したこと等が理由として挙げられた。

(2)しかし、最も大きな実質的理由は、第1が財政的な理由であり、第2が弁護士資格の取得を目指している司法修習生に国家が給与を与えることについて国民の理解が得られないのではないかということであった。
 このうち、財政的な理由とは、司法試験合格者を2010年(平成22年)には年間3000人にすることを目指すという法曹人口の急激な増大等による財政支出拡大のほか、法科大学院制度の導入に伴う財政支出の拡大が不可欠であるという司法予算増の危惧ということであった。

 

3 裁判所法改正後の状況

(1)法科大学院の乱立及び低合格率
 法科大学院は、現在、全国各地に74校が設立され、入学者は、司法制度改革審議会が当初想定していた1学年3500名から3600名を大幅に上回る毎年5400名から5800名に達しており、これも一因となって司法試験の合格率が、司法制度改革審議会が当初想定していた7ないし8割を遙かに下回る33パーセントから48パーセント程度に留まっている。

 

(2)司法修習生の費用負担等
 司法修習生は、一般的なコースとして高等学校卒業後、大学を経て法科大学院に進学し、司法試験の合格を経てその地位に就くことになっている。
 ところで、法曹を志す者の関門ともなっている法科大学院に要する費用は、生活費を除き、入学金がおおむね20万円から30万円、年間授業料が80万円から130万円、その他の負担が年間20万円から30万円もあり、法学未修者が3年間法科大学院で学ぶためには相当額の負担が必要となっている。
 さらに、法科大学院卒業生の司法試験合格率の低さから、法科大学院卒業後、司法試験に合格するまでの間、しばらく期間を要する司法修習生も存在し、その間の生活費も必要となる。
 それでも、これまでは、司法修習においては給費制が維持されていたことから、司法試験合格後は、司法修習における費用負担に不安を感じることなく司法修習に専念することができていたが、給費制が廃止されることになればその負担も加わることになる。

 

(3)司法修習生の就職難
 司法試験の合格者数及び司法修習生の数は急速に増加している。
 しかしながら、司法制度改革の理念に反し、裁判官及び検察官の増員は僅かであり、司法修習生の増加数に追いついていない。
 そして,弁護士については、司法修習生の数が急速に増加したために、法律事務所への就職活動が非常に厳しい状況になっており、毎年司法修習生の就職内定率が低下している。
 日本弁護士連合会及び各地の弁護士会においては、司法修習生の就職先の掘り起こし、あるいは即時の独立開業を支援しているが、就職先はほとんど飽和状況であり、今後、司法修習生の就職問題が社会問題化することは必至である。
 このような司法修習生の就職難は、具体的且つ現実的な制度設計がないまま司法試験合格者を増加したことに起因していると思われるが、とにかく司法修習生を取り巻く就職状況は非常に厳しい状況にあるといわざるを得ない。

 

(4)小括
 以上のように、裁判所法改正後の状況は、司法修習生にとって従前よりは多大な経済的負担を生ずるものとなっている。司法制度改革審議会における意見書においては、法科大学院を設置するに当たり、経済的な理由により入学が困難とならないように配慮するとされているが、司法修習に当たっても経済的理由によりこれを受けることが困難にならないように配慮する必要がある。

 

4 司法修習生に対する給費制の役割・意義及び現状での廃止に伴う弊害

 司法修習生に対する給費制は、以下の通り、有為な人材の確保、司法修習への専念、多様かつ重要な修習への参加支援、公共心の醸成された人材の育成、あるいは、司法修習後に弁護士になった者の社会への貢献・還元という諸点からも極めて重要な役割を果たしてきたし,その意義は極めて重要である。

 

(1)有為な人材の確保
 我が国の従来の法曹養成制度は、改革すべき諸点が多数存在したものの、法曹資格の取得については貧富の差を問わず広く開かれた門戸となり、決して「金持ちにしか法曹になれない制度」ではなく、多様な人材が、裁判官、検察官及び弁護士として輩出されてきた。
 この点は、非常に高く評価すべきであり、また、将来もそのようでなくてはならない。司法制度改革審議会も「資力のない人、資力が十分でない者」が法曹となる機会を求めている。
 法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度の下においては、大学卒業後、更に法科大学院に2年ないし3年間在学することが必要とされ、法曹を志す者は司法修習生となるまでに上述のとおり多大な経済的負担を負っている。その上、司法修習生となっても、給費制が廃止されれば、経済的負担の更なる増大は避けられない。
 給費制が廃止されれば、21世紀の司法を支えるにふさわしい資質・能力を備えた人材が、経済的事情から法曹への道を断念する事態も予想され、その弊害は極めて大きい。また、現在問題となっている格差社会が、法曹の世界にも発生する危険性が高くなる。

 

(2)弁護士の職務の公共性・公益性
 司法修習制度は、法曹三者を養成するための制度である。法曹三者のうち弁護士は、現行制度上、民間に属する者とされているが、憲法上、抑留・拘禁された者を援助する活動や刑事弁護活動を行うことも規定されており、弁護士法において基本的人権の擁護と社会的正義の実現を使命とすると定められている。また、弁護士の養成は、司法の一翼を担う者として、法曹一元の実現のためにも裁判官、検察官と同様に考える必要がある。
 そして、何より、これまでの弁護士・弁護士会の活動等を見れば、その職務の公共性、公益性は明らかである。
 すなわち、当番弁護士制度、法律相談センター事業、過疎地における公設事務所の開設など各種の活動は、弁護士の職務の公共性・公益性を具体的な形としてあらわしたものであり、また、弁護士の人権擁護のための諸活動(例えば、人権救済、子どもの虐待防止活動、消費者保護運動、犯罪被害者支援活動等)をボランティアで支えてきたのは、弁護士の強い使命感である。
 さらに、弁護士は、法科大学院における実務的教育をボランティアに近い状態で懸命に行い、法科大学院生のために奨学金制度の設置運営などの努力もしているが、これも強い使命感の現れである。
 そして、被疑者国選弁護制度が、2006年(平成18年)10月から法定合議事件に、2009年(平成21年)5月から必要的弁護事件にと拡大され、全国の弁護士会はこれについての弁護体制の確立に努力しており、弁護士・弁護士会の社会的責任は飛躍的に大きなものとなってきている。
 これらの弁護士・弁護士会の活動等に見られる弁護士の職務の公共性・公益性に鑑みれば、司法修習が個人の資格取得のためのものだとして給費制を廃止することが、いかに理由のないものであるかは明らかである。また、このような弁護士の職務の公共性・公益性は広く国民に認識されて理解されているところであり、司法修習生の給費制について国民の理解を得られないのではないかという主張には何の根拠もないものである。
 なお、以上のような弁護士の公共心や使命感は、給費制という経済的支援が行われてきた現行司法修習によって醸成されてきたものであるといっても過言ではない。

 

(3)現在の司法修習制度において給費制を廃止することについての制度設計の遅れ及び不平等の発生
 現在、司法修習生は、全国の地方裁判所本庁に配属されているが、弁護修習においては本庁管内の法律事所だけでは配属された司法修習生を受け容れることが困難であり、各弁護士会が工夫して支部管内の法律事務所に司法修習生を配属して指導している状況がある。
 これらの司法修習生は、旅費法及び司法修習生の給与に関する規則に基づき、現在、各地方裁判所本庁に赴任するための旅費だけではなく各支部の管内の法律事務所に通勤する交通費も国庫から支給されている。
 しかしながら、給費制が廃止されれば、地方に配属される司法修習生は赴任旅費に加えて支部の法律事務所に通勤するための交通費も負担させられるおそれがあり、配属地による差異が生じるばかりか、各単位会が配属された司法修習生を受け容れるために行っている支部修習が経済的理由からできなくなり、受け容れ人数の見直しを求めなければならなくなる。
 なお、完全支部修習が実現されればこの問題は回避されるが、現状ではそのような状況にはない。

 

(4)修習専念義務との関係及び予算措置
 司法修習生は、貸費制となった後も修習専念義務が課されている。司法修習生の修習専念義務は、国民の権利義務に関わる法曹を統一・公平・平等の理念によって養成し、司法試験合格者が直ちに実務に就くことは妥当ではないとの判断のもと、給費制を前提として修習に専念する義務を課したものである。そのため、アルバイト等の就労活動を禁止し労働の権利を制限したものであるが、給費制を廃止した後も同様な義務を課すことに合理的な根拠があるのか議論があるところである。
 この点について、給費制を廃止する裁判所法改正が行われた2004年(平成16年)には、医師国家試験に合格した者については2年間の研修を義務づけ、その間アルバイト等を禁止して研修に専念するという制度が設けられた。 その後、この制度を維持し医師を養成するための費用として国庫から年間160億円から171億円が投じられ、現在、この制度は定着している。
 ちなみに、司法修習における給費制を維持した場合の予算は、第60期(現行1397名、新979名)で年間100億3000万円程度、第61期(現行596名、新1812名)で年間104億9900万円程度であり、今後もこの程度で推移すると見込まれる。
 前述のように、給費制を廃止し貸費制を採用する理由として、「個人が法曹資格を取得するためのものであり、受益と負担の観点からは必要な経費は修習生が負担すべきである」ことが挙げられているが、医師についての国費投入に当たっては、公務員だけではなく民間医師も含まれており、弁護士の社会及び国民生活における役割は決して医師に劣るものではなく、弁護士を「国民の社会生活上の医師」と捉えれば、このような理由は国費投入のための障害とはならない。

 

(5)国家予算との関係について
 国家予算の中において司法関連予算の占める比率は、1960年(昭和35年)は0.881パーセントであったが、2008年(平成20年)には0.394パーセントにまで落ち込んでいる。その中で、司法修習生手当予算については、1997年(平成9年)には58億3000万円余りであったものが2008年(平成20年)には104億9900万円余りとほぼ倍増している。
 これは、司法の容量を増加させる目的により、司法試験合格者を大幅に増加させる制度改革を行ったときから当然予想されていたことであり、いわばそれと表裏一体の関係にある予算措置であるから、給費制を廃止する理由とはならない。
 さらに、増加したことを前提としても、司法修習生手当予算の司法関連予算に占める割合は3.2パーセント程度、国家予算に占める割合は0.0126パーセント程度に過ぎない。国家財政が厳しい折に、増加する司法修習生予算を削減することは支出の抑制と直結し、聞こえは良いが、前述の通りそれに伴う弊害は多大である。他方、直ちに国民生活の改善に繋がらないとしても、司法を担う法曹養成に国費を投入することは、良質の法曹を供給することにより今後の国の屋台骨を頑強にする上で必要且つ有益な経費でもある。

 

5 結論

 このように、給費制の維持は、良質な法曹を確保し、国の司法制度を強固にするとともに、「貧しい者にも法曹の機会を与える」という社会的正義のために必要なだけではなく、貸費制に移行させることを決定した時に比べて大きく状況も変化しており、これらを無視して給費制を廃止し貸費制を実施することは、司法制度改革の理念を損ない、国会の附帯決議が危惧した状況を顕在化させることに他ならない。

 よって、当連合会としては、法曹養成を担う責任ある立場から、国会、内閣及び最高裁判所に対し、2010年(平成22年)11月1日に予定された司法修習貸与制の廃止と司法修習給費制の復活を求めるとともに、日本弁護士連合会に対し、当連合会及び全国の弁護士会並びに弁護士の意見に耳を傾け、ともに関係各機関に対しこれを働きかけることを求める。

以上