中弁連の意見
2008年(平成20年)1月に「特定フィブリノゲン製剤及び血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」が制定されたが、同法によっても全国で約350万人と推定されている肝炎ウィルス感染患者の多くは救済の対象とはされない。現在の肝炎ウィルス感染患者の感染原因が輸血・血液製剤投与・予防接種などの医療行為を主な原因とすることに鑑みて、上記特別措置法によっても救済されない者も含めた全肝炎ウィルス感染患者について、現状の医療費助成制度を改善し
(1)治療対象をインターフェロン治療に限定しないこと
(2)助成対象期間を限定しないこと
(3)助成金額を拡大し自己負担額を低減すること
を含む抜本的な救済策を内容とする法律を早急に制定することを求める。
当連合会は以上のとおり決議する。
2008年(平成20年)10月10日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 肝炎ウィルス感染患者の現状
今日、我が国には、肝炎ウィルスに感染し、あるいは肝炎に罹(り)患した者が多数存在し、その感染患者(キャリア)は約350万人(B型約150万人、C型約200万人等)ともいわれ、肝炎ウィルスの感染が「国内最大の感染症」となっている。
肝炎は、適切な治療を行わないまま放置すると慢性化し、肝硬変、肝がんといったより重篤な疾病に進行するおそれがあり、肝炎ウィルス感染患者等において現在の苦痛のみならず将来への不安は計り知れない。
2 肝炎ウィルス感染患者増大の原因
そもそも肝炎ウィルスの感染は、かつて戦後間もない時代には不衛生な予防注射や薬物使用に際して感染したといわれたところであるが、現在の肝炎ウィルス感染患者の多くは、一部の母子感染などを除いて、戦後の医療・製薬技術の進歩の過程において凡そ当時としては適法とされた医療行為の下で手段とされた輸血・血液製剤投与、もしくは義務的に受けざるを得なかった予防接種などが媒介となって肝炎ウィルスに感染したと考えられている。
これら感染被害は、極めて受動的で、人為的な医療行為を原因とする自己の責任に基づかないものである。
3 特定C型肝炎特別措置法の制定と問題点及びB型肝炎問題の進展状況
このような現状の中で、いわゆる薬害C型肝炎訴訟の和解手続を契機として、2008年(平成20年)1月には「特定フィブリノゲン製剤及び血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」(以下「特定C型肝炎特別措置法」という。)の制定がされた。これは血液製剤の危険性の認知時期と投薬の時期にとらわれず一律救済を実現した「政治的な決断」として評価をされるべきものである。
しかし、特定C型肝炎特別措置法は、血液製剤の投与とC型肝炎ウィルス感染について、裁判手続きによる因果関係の立証を給付金支給条項の適用要件としている。現実の問題として、本人において投与の原因となった手術の医療機関・日時・主な内容が特定でき、当該医療機関が血液製剤の納入機関であったとしても、投薬から10数年~30年も経過している例も多い中で、カルテや手術記録、これに替わる主治医の記憶に基づく陳述書などの証拠を整えることは相当困難である。
それゆえ、救済が受けられるC型肝炎ウィルス感染患者は1000名程度にとどまると考えられている。
また、B型肝炎ウィルス感染患者に関しては、いわゆる集団予防接種等B型肝炎訴訟において、2006年(平成18年)6月に最高裁が原告全員勝訴の判決を言い渡したが、国は個別原告に対する賠償義務以外に責任はないとの態度をとっているため、C型肝炎ウィルス感染患者のような救済を内容とした和解や法制度の整備は進んでいない。
4 医療費助成制度の実施とその問題点
本年4月からは、肝炎治療特別促進事業として各都道府県において医療助成が開始された。
C型肝炎ウィルス感染患者(慢性)はキャリア200万人のうち約140万人いると考えられ、そのうちインターフェロン治療を受けた人は約30万人にすぎない(2003年(平成15年)度推計)が、この人数の少なさの原因は医療費負担が高額であることにあるといわれてきた。今回の医療費助成はこのインターフェロン治療の医療費負担を、収入に応じて月額の自己負担額を3~5万円に止めるものである。
しかし、肝炎治療はインターフェロン治療だけではないにもかかわらず、助成対象医療が肝炎治療全般ではなくインターフェロン治療に限定されており、助成期間も1年間と限定され、助成額についても月額3~5万円の自己負担は決して少額とはいえないことから、必ずしも肝炎ウィルス感染患者の医療費負担の軽減・救済として十分とはいえない。
5 特定C型肝炎特別措置法の適用に向けた活動の現場
現在、全国各地で、特定C型肝炎特別措置法の適用を目指した訴訟提起がされており、弁護士会もしくは被害者弁護団において、5年と限られた救済期間内の特定C型肝炎特別措置法の適用による救済を目指して活動がされている。山口県弁護士会においても有志による原告弁護団が構成されるのとは別に、本年5月に弁護士会として対策本部を設置し、この問題に取り組んでいる。
しかし、相談を受ける現場においては、患者本人は感染契機と思われる手術日やその内容について明確に記憶しているにもかかわらず、証拠となるカルテ等の入手ができないために「投与」の立証が困難であると判断され、救済を受けられない例が多数存在する。我々救済を目指す弁護士が「立証が難しく特定C型肝炎特別措置法による救済が困難である」と通告せねばならない、そこには新たな不遇と悲哀が生まれている。
また、助成制度の適用が受けられるインターフェロン治療も3割前後の患者には必ずしも効果はないし、肝硬変・肝がんなどに進行していても同様である。
このように特定C型肝炎特別措置法・医療助成制度いずれにおいても救済されない患者が依然として多数存在する。
6 肝炎ウィルス感染患者救済拡大の必要性
前述のとおり、特定C型肝炎特別措置法の制定は、血液製剤の危険性の認知時期と投薬の時期にとらわれず一律救済を実現した「政治的な決断」として、一定の評価を受けてきたものである。
しかし、医療行為の媒介を中心とした肝炎ウィルス感染の拡大の経過と「国内最大の感染症」として認識される現実をみるとき、求められるべき政治的な決断は「投薬の立証の可否」にとらわれない、また「投薬と輸血の別」「予防接種などその他の経過」の相違にとらわれない肝炎ウィルス感染患者全員の救済である。
即ち、血液製剤の投薬による感染患者はもちろん輸血による感染患者も予防接種などによる感染患者も、自己の責任に基づかず医療行為において感染したと考えられるところであり、これら感染患者に対して「運が悪かった」というだけで、感染における不遇のみならず、救済制度の不足や相違ばかりを押し付けることとなるのであれば社会正義の実現に背くことになる。
その被害が人為的な原因に基づき身体の健康への重篤な侵害の危険性を内包するものであることからすれば、基本的な幸福追求権(憲法13条)、生存権(憲法25条)の保障の観点から、国として現実の負担となる治療費の軽減ほか抜本的な肝炎ウィルス感染患者対策を制定し救済することが求められる。具体的には、
(1)インターフェロン治療以外の医療(検査費用を含む)についても医療費助成制度の対象とすること
(2)助成期間の制限を撤廃すること
(3)自己負担額を更に低減化すること
が肝炎ウィルス感染患者の権利保障を実効ならしめるものとして緊急に求められるところである。
7 国会の動きと弁護士の役割
昨年来、国会では特定C型肝炎特別措置法制定前から与党は肝炎対策基本法案を提出し、野党は特定肝炎緊急措置法案を提出するなどしてきたところであるが、両者とも成立を見ることなく廃案となっている。
しかし、現に病気と対峙する肝炎ウィルス感染患者において、一刻も早い「十分な治療」の早期実現が何よりも重要であるし、特定C型肝炎特別措置法による救済が進むときであるからこそ、同時に救済を受けられない患者に対して、政治的に広く救済の手を広げる意味は大きい。
薬害C型肝炎訴訟の和解と特定C型肝炎特別措置法の制定を契機として、この問題は国民全体の社会問題として認識されることとなり、特定C型肝炎患者の救済は、当事者の紛争問題としてではなく国の施策として位置づけられて、大きく踏み出すこととなった。
そして、法の適用による救済実現の過程において生まれる不合理や悲哀の解消に向けて新たな法整備を求めることは、現場を担う弁護士の役割である。また1998年(平成10年)の日弁連人権大会においては「医薬品被害の防止と被害者救済のための制度の確立を求める決議」がされており、本決議はこの人権大会決議の趣旨にも通じるものである。
8 結語
そこで当連合会は、政府及び国会に対し、特定C型肝炎特別措置法によっても救済されない者も含めた全肝炎ウィルス感染患者について、医療費負担の軽減を更に充実・改善することなど抜本的な救済策を内容とする法律の制定を早急に求めて、決議するところである。
以上