中弁連の意見

 共謀罪は、憲法が保障する思想・信条の自由等の基本的人権を侵害し、かつ、捜査権限の濫用による適正手続に違反する危険性が極めて高いため、当連合会はこの新設に反対する。

2006年(平成18年)10月13日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 共謀罪法案の審議状況

(1)共謀罪法案の国会への上程
 政府は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(以下、国連国際組織犯罪条約という)の国内法化が義務づけられているとして、「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するために刑法等の一部を改正する法律案」の第6条の2に「共謀罪」(以下、共謀罪法案という)を新設して、第159国会以降、国会に2度上程したが、いずれも「共謀罪」が問題であるとして廃案になり、再度、第164国会(2006年(平成18年)通常国会)に上程したものの、会期満了により、継続審議となった。

(2)共謀罪法案が継続審議となった経緯
 共謀罪法案は、「長期4年以上の刑を定める罪に当たる行為」(処罰対象犯罪は619種類に及ぶ)について、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者」を処罰する、という内容である。
 しかし、第164国会において、与党は、処罰対象犯罪を政府案のまま619種類とした上で、「一定の犯罪を行うことを共同の目的とする団体によるものに限定する」、「犯罪の実行に資する行為のあった時点で共謀罪が成立する」との若干限定した修正案を提出し、民主党は、処罰対象犯罪を「懲役5年を越える罪」(処罰対象犯罪を306種類に縮小)とし、適用対象を「国際的な犯罪」、「犯罪実行が目的で、あらかじめ任務分担がある継続的な結合体」にのみ限定される旨の更に限定した修正案を提出した。
 与党は一時、民主党案を受け入れて第164国会での法案成立を図ったが、外務大臣が民主党案のままでは条約を批准できない旨の国会答弁をし、与党も次期国会で与党案の方向で修正審議をする意向を示したことから、野党が反発し、また、共謀罪の新設に反対する世論が強くなったこともあり、国会の会期満了により、共謀罪法案は継続審議となった。

 

2 共謀罪法案の本質

 共謀罪とは何らかの犯罪の共謀それ自体を犯罪とする総称であるが、共謀罪法案はその共謀罪を新設しようとするものであり、次の重大な問題を孕んでいる。

(1)共謀罪法案は処罰対象犯罪を極めて広範囲なものにしている
 近代刑法は、法益侵害に向けた「実行の着手」があり、はじめて処罰の対象となる、というのが基本原則であり、現行刑法もそのような体系がとられているが、これは、刑法に、思想・信条の自由を保障するという人権保障的機能を持たすためである。ただし、その例外として、殺人、強盗、内乱、外患等の重大犯罪についてのみ「実行の着手」以前の予備行為も処罰の対象とし、更に、例外の例外として、内乱に関する罪、外患に関する罪、及び国交に関する罪についてのみ予備行為以前の陰謀自体(共謀罪としては僅か3種類に留まる)をも処罰の対象としている。
 これに対して、政府は、国連国際組織犯罪条約が「重大な犯罪とは、長期4年以上の自由を剥奪する刑」(第2条)と規定しており、同条約により共謀罪の処罰対象犯罪が指定されているとして、共謀罪法案も処罰対象犯罪を「長期4年以上の刑を定める罪に当たる行為」にしていると説明し、現行刑法で例外の例外として3種類に留めている共謀罪を619種類にまで及ぶ一般的犯罪にまでに拡張している。
 しかし、同条約は「締約国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置を含む)をとる。」(第34条1項)としており、同条約が日本の現行刑法の基本原則である法益侵害に向けた「実行の着手」があり、はじめて処罰の対象とする体系を破壊することまでを義務づけているとは、到底、考えられない。

(2)共謀罪法案は適用対象を越境性且つ組織犯罪性のあるものに限定していない
 国連国際組織犯罪条約は、「この条約の目的は、一層効果的な国際的な組織犯罪を防止しおよびこれと戦うために協力を促進することにある。」(第1条)とし、「性質上国際的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するものの防止、捜査及び訴追について適用する。」(第3条)として、適用対象を越境性且つ組織犯罪性のあるものに限定している。
 これに対して、政府は、同条約が「各締約国の国内法において、第3条に定める国際的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。」(第34条2項)と規定しており、共謀罪の国内法化では適用対象を越境性且つ組織犯罪性のあるものに限定しないことを義務づけていると説明する。
 しかし、同条約の目的が越境性且つ組織犯罪性のあるものを取り締まることにあることを鑑みれば、同条約が、共謀罪の国内法化において、同条約の目的とは無関係に、越境性もなく、組織犯罪性のないものまでの取締りを義務づけるとは、到底、考えられない。

(3)共謀罪法案は捜査権限の濫用を招くおそれがある
 共謀罪法案は、共謀自体を処罰対象とすることから、プライバシーに密接にかかわる室内会話、電話、携帯電話、FAX、電子メールなどが捜査の対象となることが予想され、また、共謀自体では犯罪に向けた行為や結果発生に通常ともなって残される痕跡(証拠)が存在することが稀であることから、その捜査に当たっては、自白と密告に依存し、また、盗聴を捜査方法とせざるを得ないものがある。しかも、共謀罪法案は、極めて広範囲な一般犯罪をも処罰対象犯罪としていることから、自白と密告、盗聴が捜査方法の一般化をもたらす危険性さえある。
 従って、日本の捜査段階の現状が自白を強要する温床である代用監獄の下で、取調べの可視化も実現していない状態であることを鑑みると、共謀罪法案は捜査権限の濫用を助長する危険性が極めて高い。

(4)国連国際組織犯罪条約が共謀罪の新設を義務づけているとは断定できない  政府は、国連国際組織犯罪条約が「締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。」(第5条1項)とし、故意に行われた次の行為については、「次の一方又は双方の行為」(第5条1項(a))とし、共謀罪と犯罪結社参加罪を掲げている(第5条1項(a) の(ⅰ)、(ⅱ))とし、共謀罪の新設を義務づけていると説明する。
 しかし、同条約第5条1項については、国際連合薬物犯罪事務所が作成した「国際組織犯罪防止条約を実施するための立法ガイド」のパラグラフ51の解釈につき、「共謀罪及び犯罪結社参加罪に関連する法的概念を有しない締約国おいては、どちらの概念の導入も要求することなく、組織的犯罪集団に対する実効的な措置を可能にする」との見解もあり一義的ではない。
 そもそも、前記のように、共謀罪は現行刑法の基本原則である法益侵害に向けた「実行の着手」があり、はじめて処罰の対象とする体系に抵触するものであり、それ故、現行刑法も例外の例外として国家の存続を危うくする極めて重大な3種類の犯罪についてのみ共謀罪を容認しているに留めている。同条約も「締約国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置を含む)をとる。」(第34条1項)として、締約国の国内法の基本原則を尊重している。
 従って、同条約が、目的達成のために人権侵害の危険性がより少ない共謀罪以外の他の選びうる手段の選択を否定し、共謀罪の新設を義務づけていると、一義的に断定できるものではない。
 仮に、同条約により共謀罪の新設をするにしても、単に共謀のみで犯罪が成立するとするのではなく、同条約が、共謀罪の国内法制定につき、「国内法上求められるときは、その合意の参加者の1人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの」(第5条1項(a) の(ⅰ))と規定していることを鑑み、少なくとも、共謀の参加者の1人による当該共謀の内容を推進するための行為を伴ってはじめて犯罪が成立するようにすべきであって、共謀のみで犯罪が成立するとする純粋の共謀罪を新設すべきではない。

 

3 結論

 以上のとおり、共謀罪は、刑法の人権保障機能に反して基本的人権を侵害し、捜査権限の濫用を助長するおそれが極めて強く、そもそも、国連国際組織犯罪防止条約を批准するために必ず立法化することが必要とされていると一義的に断定できるものではなく、極めて問題の多いものである。

 よって、当連合会は、共謀罪の新設に反対する決議を行うものである。