中弁連の意見
議 題
岡山県弁護士会
犯罪被害者等の少年審判傍聴につき慎重な運用を求める議題
家庭裁判所に対し、犯罪被害者等による少年審判の傍聴の許可の判断及び運用について、慎重を期することを求める。
提案理由
1 2008年(平成20年)少年法改正
2008年(平成20年)6月11日、「少年法の一部を改正する法律案」が一部修正の上可決成立した。本改正の最大の特徴は、一定の重大事件の犯罪被害者等による少年審判の傍聴を認める制度を新設したことである。なお、少年法で「被害者等」とは、「被害者又はその法定代理人若しくは被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹」をいう(少年法5条の2)。
日弁連はこの法案に対して反対の立場を表明しており、2007年(平成19年)11月21日には「犯罪被害者等の少年審判への関与に関する意見書」を出して改正に反対した。当会も、2008年(平成20年)5月2日に「少年法改正法案に反対する会長声明」を出している。にもかかわらず、上記のように法案は可決成立した。
2 改正の経緯
今回の改正は、近年の犯罪被害者救済の機運の高まりに伴い、2004年(平成16年)に犯罪被害者等基本法(以下、「基本法」)、2005年(平成17年)に犯罪被害者等基本計画(以下、「基本計画」)が策定されたことを受けたものである。基本法18条では、「国及び地方公共団体は、犯罪被害者等がその被害に係る刑事に関する手続に適切に関与することができるようにするため、刑事に関する手続の進捗状況等に関する情報の提供、刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備等必要な施策を講ずるものとする。」と規定されており、基本計画「第3 刑事手続への関与拡充への取組」において「法務省において(中略)少年審判の傍聴の可否を含め、犯罪被害者等の意見・要望を踏まえた検討を行い、その結論に従った施策を実施する。」とされたという経緯がある。なお、基本法で「犯罪被害者等」とは、「犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族」をいう(基本法2条2項)。
もちろん、犯罪被害者等の人権擁護は重要な要請である。上記基本計画「第3」では現状認識として「刑事に関する手続や少年保護事件の手続についての情報提供を欲するのみならず、加害者側に偏向した結果となることを心配し、自ら手続に関与することを望む犯罪被害者等も少なくない」「犯罪被害者等からは、現状について、犯罪被害者等は証拠として扱われているに過ぎず、「事件の当事者」にふさわしい扱いを受けていないという批判があり、刑事に関する手続及び少年保護事件の手続に関し、一層の情報提供と参加する権利を認めるよう要望する声が多い」と述べている。この現状認識については異議を差し挟む余地はないと考えられる。
3 重大な弊害
しかし、このような必要性を認めても、なお許容しがたい重大な弊害を生じる可能性が今回の少年法改正には含まれている。それは、「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」(少年法1条)という少年法の目的が没却されることである。
上記の目的を実現するため、少年審判は「懇切を旨として、和やかに行うとともに、非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなければならない」と規定されている(少年法22条1項)。少年の可塑性に鑑み、あえて通常の刑事手続と異なる手続を設け、外部から制裁を与えられるのではなく自ら反省することを促すことによって少年の健全な育成を実現しようとしているのである。審判の対象が訴因ではなく非行事実と要保護性であるのも、起訴便宜主義でなく全件送致主義であるのも、当事者主義でなく職権主義がとられるのも、上記の目的実現のためである。
しかるに、犯罪被害者等が少年審判を傍聴した場合、以下のような具体的弊害を生じる可能性がある。
刑事法廷より狭い審判廷に犯罪被害者等と同席することにより、少年が真実を語ることを躊躇し、期せずして自己弁護等に走ったり演技をしたりする危険がある。この場合、少年が自らが行った行為と正対して内省する重要な機会を失う。
同じく犯罪被害者等からのプレッシャーを受けることにより、少年が萎縮し、非行の原因となった悩みや不満等を自由に語ることができなくなる危険がある。この場合、家庭裁判所は非行の根源を理解することができず、適切な保護ができなくなる。
要保護性判断の重要な資料となる少年の成育歴、養育環境、医学的所見(身体・精神)等が、傍聴する犯罪被害者等に知られる危険がある。要保護性判断のためにこのようなプライバシーに関する資料が重要となるのは少年審判の特色であるが、そのために通常の刑事裁判以上にプライバシー侵害の危険は大きい。この場合、プライバシーが漏れることによって少年の更生に重大な影響が出るおそれがある。
逆に、調査官、付添人等の関係者が、少年のプライバシーに配慮して③に示したような要保護性に関する資料を審判廷に提出することを躊躇する危険がある。この場合、家庭裁判所は要保護性について十分な資料が得られず、適切な保護ができなくなる。
裁判官が犯罪被害者等の心情を考慮するあまり、少年の心情に配慮した発言をためらうようになる危険がある。この場合、「懇切を旨として、和やかに行う」という少年審判の前提が崩れ、審判が少年を非難することを主とした場となりかねず、少年の適切な保護ができなくなる。
審判廷は刑事法廷より狭く、傍聴席が設けられていないので、審判廷内で少年と犯罪被害者等が接近し不測のトラブルが発生する危険がある。この場合、少年の身に危害が及ぶことは避けなければならないし、そうでなくとも少年に著しい動揺を与え、懇切を旨として少年の自省を促す少年法の目的が達せられなくなる。
犯罪被害者等の権利保護はもちろん重要である。しかし、その保障は絶対的なものではなく、審判を受ける少年の人権保障との調和の上に図られなければならないことにも異論はあるまい。従来、犯罪被害者等から少年審判について加害者偏重との批判があったことは事実としても、被害者偏重に陥り少年の保護という目的を没却してはならないこともいうまでもない。そのため、その両者の均衡を考えた運用がなされなければならない。
4 運用の指針
今回の改正は、犯罪被害者等の少年審判傍聴を、申出があれば無条件に認めるというものではなく、「家庭裁判所は(中略)少年の年齢及び心身の状態、事件の性質、審判の状況その他の事情を考慮して、少年の健全な育成を妨げるおそれがなく相当と認めるときは、その申出をした者に対し、これを傍聴することを許すことができる。」(少年法22条の4第1項)と定めている。これは上記犯罪被害者等の権利と少年の権利の均衡を図るための規定であるから、傍聴許可の判断は両者に配慮して慎重になされることが要請される。
この点、家庭裁判所が傍聴の許否を判断することによって、あえて慎重を求めるまでもなく上記の弊害は防止できるとの見解もあろう。しかし、近年の犯罪被害者救済の潮流に流されて、または不許可とした場合の犯罪被害者等からの批判をおそれて、十分な検討がなされることなくなし崩し的に「特段の事情ない限り少年の健全な育成を妨げるおそれなし」という判断がされる危惧もなしとはしない。少年法の目的は没却されれば取り返しのつかないものであり、一方、審判の傍聴以外に犯罪被害者等の知る権利を充足する手段として、記録の閲覧謄写(少年法5条の2)、結果通知(同31条の2)があり、また、犯罪被害者等の手続参加を実現する手段として、意見聴取の制度(同9条の2)がある。これらの少年の人権に対する侵害のより少ない手段で目的達成できる場合にはこれらの手段の活用を促すべきである。ゆえに、これまで少年法が少年審判を非公開としてきた趣旨を重々尊重し、原則として「犯罪被害者等の傍聴は少年の健全な育成を妨げるおそれがある」という観点から慎重な判断をするという運用がなされるべきである。
また、改正法では、家庭裁判所は、犯罪被害者等に審判の傍聴を許すには、「あらかじめ、弁護士である付添人の意見を聴かなければならない。」(少年法22条の5第1項)とし、また「弁護士である付添人がないときは、弁護士である付添人を付さなければならない。」(同条2項)と規定している。弁護士である付添人の意見は最大限尊重し、正当な理由ある反対意見が述べられた場合には傍聴は許さないという運用がなされるべきである。
上記の例外として、少年及び保護者が弁護士である付添人を必要としない旨の意思を明示した場合が規定されているが(同条3項)、手続の理解不十分等に起因する安易な例外を認めることは問題があり、犯罪被害者等が傍聴を求めている事案においては全件弁護士である付添人を付する運用がなされるべきである。
また、傍聴が許された場合には、家庭裁判所は、審判廷内でのトラブル防止のために十分な対策を講じ、懇切和やかにして少年に内省を促す少年審判を行うべきである。
以上