中弁連の意見

議  題

島根県弁護士会

高齢者虐待防止法を実効性あるものにするための議題

 

 高齢者虐待防止法を実効性のあるものにするために、

 

  1.  各弁護士会は、弁護士・社会福祉士からなる「高齢者虐待対応専門職チーム」を結成し、都道府県、市町村、地域包括支援センターと連携し、高齢者虐待に適切に対応していく
     
  2.  市町村は、高齢者虐待防止法の定める責務を果たすための人的・物的体制を整備して高齢者虐待に適切に対応する
     
  3.  都道府県は、これらを行う市町村を適切に援助する
     
  4.  都道府県・市町村・地域包括支援センターは、「高齢者虐待対応専門職チーム」を積極的に活用する

 

 ことを求める。

提案理由

第1 高齢者虐待の実態

 寝たきりの男性の介護を放棄し死なせたとして、妻と息子2人が殺人容疑で逮捕された(山陰中央新報2007年2月4日)。当初は一家で介護に取り組んでいたが、2年をすぎたころから放置し、周囲も気づかなかったという。このように介護疲れからくる介護放棄、老々介護を悲観しての無理心中などの悲惨な報道が後を絶たない。

 高齢者を死亡させるまでに至らなくても、殴る蹴るなどの身体的虐待や、暴言、無視などの心理的虐待も多い。また、近親者が高齢者の年金を管理しているうちに、年金の流用に走ってしまうなどの経済的虐待が多いのも高齢者虐待の特徴である。家族の抱えている問題が高齢者虐待という形で現れてくるのだ。

 これまで家庭内の問題とされ、死亡などの悲惨な結果にいたるまではなかなか表面化しなかった実体が、介護保険の広がり、地域包括支援センターの設置・高齢者虐待防止法の施行などにより顕在化しつつある。それでも顕在化するのはまだまだ氷山の一角に過ぎないことは、実際の相談事例の中から見て取れる。

 虐待発生の要因として、高齢者・虐待者の性格、高齢者の認知症による言動の混乱、介護疲れ、経済的困窮が多いといわれているが、実際には多様な要因が複雑に係わっているとともに、これまでの高齢者を含む家族の歴史が生み出している面も無視できない。また、施設等における高齢者虐待も深刻な問題であり、施設等のあり方を含めて検討されなければならない。高齢者虐待は、福祉と法律が錯綜する分野なのである。

 

第2 高齢者虐待への対応の必要性

 人はみな年を経ていく。だから、だれでも被虐待者になりうる。また、我が国がまもなく迎える高齢化社会においては、介護する者の数も増加するが、介護する者は虐待者になってしまう可能性が高い。従って、高齢者虐待は、だれもが、いつでも係わってしまう可能性があるものであり、我が国においては今後、さらに増加する可能性が高いものである。

 人が安心して最後まで地域で生きていく権利は、人の人格的生存に不可欠の権利であり(憲法13条、25条)、高齢者虐待は生命・身体のみならず人の尊厳を含む基本的人権を侵害するものであるから、悲惨な高齢者虐待、だれでも被害者ないし加害者になりうる高齢者虐待に適切に対応し、被害を最小限に食い止めることは我が国の喫緊で重要な課題であるといえる。

 

第3 高齢者虐待への対応策

1 高齢者虐待に適切に対応するためには、その多面的な発生要因からも、各関係者によるチーム対応が必要であるとともに、社会福祉士や弁護士、医師といった専門職とのネットワークによる対応が重要であることは、各調査や先進的地域での取り組みからも明らかになっている。

 

2 たとえば、日弁連第48回人権擁護大会(2005年11月、鳥取開催)では、「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」を採択し、弁護士会・弁護士は、この課題に対して、「福祉・保健・医療・教育の専門職や関係諸機関・諸団体、および地域住民との連携とネットワークの中で、全力を挙げて取り組む」と決議し、その後、日弁連・各地の弁護士会・各地の弁護士は、社会福祉士を始めとする専門職や各種団体との連携・ネットワーク活動の強化に努力してきた。

 

3 2006年4月1日から「高齢者虐待の防止、高齢者の擁護者に対する支援等に関する法律」(いわゆる高齢者虐待防止法)が施行され、同時に改正介護保険法の施行に伴い、高齢者の権利擁護にとって重要となる地域包括支援センターが各地に設置された。地域包括支援センターは、「権利擁護業務」として高齢者虐待対応や成年後見制度の利用支援等を担う重要な位置にある。
 法施行前から、ネットワークの強化に努力してきた日弁連高齢者・障害者の権利に関する委員会と日本社会福祉士会は、法施行を受けて、「高齢者虐待対応専門職チーム」を両会の連携により各地域に設置し、各都道府県及び市町村の実情に応じて活用していくことが、高齢者虐待に対して最も具体的かつ実効的な支援方法であるとの結論を得た。
 そして、これを契機に、各地で同チーム結成に向けての活動が行われていった。

 

4 「高齢者虐待対応専門職チーム」の活動内容の概要は、地域包括支援センターから上がってくる高齢者虐待の相談に対して、弁護士・社会福祉士などの専門職が一緒になって検討し、助言したり、事例検討会・研修会を開催することで研鑽を深めたりして、より適切に対応していこうというものである。勿論、このチームに入る専門職は、弁護士・社会福祉士に限られるのではない。地域の実情に応じて、医師・司法書士などの専門職との連携を図ることが肝要である。

 

5 島根県では、弁護士会と社会福祉士会が連携して、2007年6月23日に「島根県高齢者虐待対応専門職チーム」を設立し、同チームの活動が開始された。あわせて島根県社会福祉士会が島根県弁護士会と連携して活動する前提で、島根県との間で同チームが活動するための委託契約を締結した。同チームは、島根県を5つの地域に分け、その地域にいる弁護士・社会福祉士が、その地域で起きた問題に対応することにしている。その地域で起きた問題は、その地域の実情に応じて、その地域のいろいろなネットワークを活用して対応することが求められているからである。

 

第4 問題点

 しかしながら、高齢者虐待防止法を実効性あるものにしていくためには、まだまだ問題点が多い。

 高齢者虐待防止法では、市町村の責務として、通報の受理、事実及び安全の確認、対応策の協議、立入調査、保護のための措置等が規定され、一部事務を地域包括支援センター等へ委託できるとされているが、中核となる機関が法律上明確に定まっていないことや、専門職員の配置がどのようになるか明確でないなど実施体制の整備に不安を抱えているのが現状である。

 地域包括支援センターにおいても、業務の中心が介護予防に流れることへの懸念や社会福祉士の資格をもつ担当職員の経験年数の少なさや研修体制の不備など、権利擁護業務の実施体制に不安を抱えている。

 中国地方の弁護士会では、具体的な取り組みが始まっているが、まだ緒に就いたばかりである。そして、全国の弁護士会を見ると、まだまだ高齢者虐待への取り組みが不十分といわざるを得ない。

 また、各都道府県、市町村の状況は、地域によって実施体制や取り組み状況に大きな差があり、法律が求める責務を果たしている状況にあるとはいい難い。速やかに人的・物的体制を整備することは喫緊の課題である。

 

第5 結論

 以上のような観点から、高齢者虐待防止法を実効性のあるものにするために、

 各弁護士会は、弁護士・社会福祉士からなる「高齢者虐待対応専門職チーム」を結成し、都道府県、市町村、地域包括支援センターと連携し、高齢者虐待に適切に対応すること、

 市町村は、高齢者虐待防止法の定める責務を実施するための人的・物的体制を整備して高齢者虐待に適切に対応すること、都道府県はこれらを行う市町村を適切に援助すること、及び、都道府県・市町村・地域包括支援センターは、「高齢者虐待対応専門職チーム」を積極的に活用すること、

 を求める。

以上