中弁連の意見

議  題

山口県弁護士会

労働審判及び裁判員裁判を
各地方裁判所支部でも実施することを求める議題

 

 2006年(平成18年)4月1日施行された労働審判法に基づく労働審判は、現在、裁判所本庁でのみ実施され、各支部では実施されていない。また、2009年(平成21年)中に実施が予定されている裁判員の参加する刑事裁判(以下、「裁判員裁判」という。)も、中国地方においては各地方裁判所の本庁でのみ実施され支部では実施されない可能性が極めて高いと思われる。支部の中には、域内人口が本庁よりも多い支部もあれば、離島の支部等本庁まで移動に半日以上を要する地域を所管している支部もある。

 せっかく、労働審判制度を創設して個別労働関係の迅速な紛争の解決を図ろうとするものの、支部管内の住民は等しくその司法サービスを受けることができない。また、裁判員裁判制度も、それが実現しても、支部管内の住民は裁判員として司法参加する途が事実上制約されてしまう。このように、司法が新しい両制度について、住民の利用や参加を容易にしない状況に対し次のとおり提言する。

 

  1.  司法行政を主管する最高裁判所並びに労働審判及び裁判員裁判を所管する各地方裁判所に対し、労働審判については各地方裁判所の全ての支部、裁判員裁判については各地方裁判所の合議体の構成できる支部でも実施するよう求める。
     
  2.  日本弁護士連合会、各地方弁護士会連合会並びに各単位弁護士会に対し、労働審判については各地方裁判所の全ての支部、裁判員裁判については各地方裁判所の合議体の構成できる支部でも実施されるよう関係機関に強力に働きかけるよう求める。
     
  3.  各都道府県知事に対し、労働審判については各地方裁判所の全ての支部、裁判員裁判については各地方裁判所の合議体の構成できる支部でも実施されるよう、各都道府県を管轄する地方裁判所を中心として関係機関に強力に働きかけるよう求める。

提案理由

1 裁判所法では、最高裁判所は、地方裁判所の事務の一部を取り扱わせるため、その地方裁判所の管轄区域内に支部または出張所を設けることができるとされており(裁判所法第31条参照)、現在、地方裁判所の本庁50庁に対し、支部は203庁設置されている。支部の中には、域内人口が本庁よりも多い支部もあれば、離島の支部等本庁まで移動に半日以上を要する地域を所管している支部もある。

 

2 2006年(平成18年)4月1日、個別労働紛争の解決を目的として労働審判制度が発足した。本審判制度は、言うまでもないことであるが、次のような特徴を有している。

01.gif 裁判は裁判官のみが手続を行うのに対し、労働審判は裁判官である労働審判官1名と労働関係に関する専門的な知識経験を有する者のうちから任命される労働審判員2名からなる労働審判委員会で手続を行われる。裁判官だけでなく労働問題に詳しい労働者側、経営者側の労働審判員も参加するということで、労働問題についての世情に通じた迅速な解決が期待される。

02.gif 法律で、3回以内の期日において審理を終結するという努力目標が定められ(労働審判法第15条2項)、手続を迅速に終結するための枠組みが定められている。

03.gif 労働審判では、当事者の申立を認めるか認めないかということだけではなく、「当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる」(労働審判法第20条2項)とされ、紛争の実情に応じた柔軟な解決を図ることができるものである。

 すなわち、労働審判は、迅速かつ柔軟に個別労働紛争の解決を図ることができるという、重要な役割を期待されて創設された制度なのである。

 しかしながら、この労働審判は当面の間は各地方裁判所の本庁のみで実施することとされた。そのため、地方裁判所各支部が所管する地域に居住している住民が労働審判を申し立てる場合には、本庁まで行かなければならないこととなった。

 また、労働審判に対して適法な異議申立があった場合(労働審判法第22条参照)、その後の裁判は、各支部が所管している場合でも、本庁で行われる運用になっている。そのため、支部管内の住民としては、裁判であれば支部で行うことができるのに、労働審判を申し立てれば、審判手続から本庁まで行かなければならないという不利益がある上、審判手続で解決しない場合、その後の裁判手続まで本庁に行かなければならなくなる。

 立法段階において、労働審判制度を利用する人々は、解雇されるなどして生活に余裕のない市民等であると想定されているところ、支部管内に居住しているこれらの人々がこの制度を利用する場合には、住所地から本庁までの交通費、移動時間、さらに委任弁護士に支払うことになるであろう日当・旅費を負担することになり、これらは、この制度の利用に対する重大な制約となる。これでは、全国民が等しく労働審判制度を利用できる利益を享受しているとは到底言い難いものである。

 我々弁護士は、国民に対して直接、司法サービスを行う担い手であることから、このような支部所管下の住民が受ける不利益を放置するべきではない。

 また、裁判所及び弁護士会のみならず、住民の生活向上を責務とする地方自治体も、住民サービスの観点からこれらの問題点があることを承知し、是正を求める声を上げる必要がある。

 

3 次に、2009年(平成21年)中に開始が予定されている裁判員裁判については、現時点においては、各地方裁判所支部では一部の大規模支部を除いて実施される予定はないとされており、除外された支部に対しては、その人的、物的手当も全くなされようとはしていない。このままでは、ほとんどの支部において、裁判員裁判が実施されないことはほぼ確実である。

 ところで、裁判員裁判が地方裁判所本庁のみで行われる場合であっても、各支部が所管する地域に居住している住民を含めて、地方裁判所管轄区域内の全住民が裁判員選任の対象となる。しかし、離島や本庁から移動に片道1時間以上かかる地域に居住する住民にとっては、移動のための交通手段や時間の確保、それに伴う費用のことを考えれば、裁判員への就任を断らざるを得ない事態になるものと考えられる。裁判員に選任された場合、公共交通機関の利用を前提とする所定の交通費は支給されるであろうが、例外的な場合を除いては特急料金等高速交通に要する交通費まで準備される可能性は極めて低い。そして、特に、裁判員裁判制度においては、数日間にわたる連続開廷が予定されており、この手続が行われた場合、各支部管内の住民にとって本庁に出廷する負担は耐え難いものになることは確実である。

 裁判員に就任することは、国民の義務であるとともに、裁判に国民として参加する重要な権利の実現であるから、本庁の近くに居住する住民にのみ裁判員となる権利を保障すれば足りるものではない。しかし、このままでは、本庁の近辺に居住しない住民にとっては、実質的にその権利を制約するという状況が作り出されることになる。我々弁護士には、このような事態を予測し、これを改善するために発言する責務がある。

 

4 制度を構築するのは立法府である国会であるが、その実施細目を作るのは当該法令の所管庁であり、労働審判及び裁判員裁判にあっては最高裁判所並びに各地方裁判所である。さらに、我々弁護士を含め、その運営に当たる法曹の責任は重大である。

 過去、高い理想のもとに構築されながら、その細目及び運営が適切でなかったため休眠してしまった制度は少なくない。我が国にも、1923年(大正12年)に成立した陪審法による陪審員制度があったが、1943年(昭和18年)に停止され休眠状態となったことを、我々弁護士は深刻かつ現在の問題として想起しなければならない。

 我々弁護士は、労働審判及び裁判員裁判の各制度が国民に広く、かつ十分に活用されるように改善するため努力する責務がある。

 よって、以上の議案を提案する。